和紙文私の葬式で愛してると言って · 第1話設定≡

私の葬式で愛してると言って第1話

この話は約2675字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

「安里さん、お体はすでに多臓器不全の兆候を示しています。このまま治験を続ければ、3ヶ月ももたないでしょう」

医師が差し出した検査報告書を見つめながら、安里梨花(あんり りか)はかすかに苦笑した。

「構いません、3ヶ月あれば十分です」

これは江川晨也(えがわ ともや)のそばにいられる、唯一のチャンスだ。彼女は、それを手放すつもりはなかった。

病院を出た彼女はそのまま自宅へと戻った。玄関に足を踏み入れた瞬間、寝室から熱を帯びた情事の声が聞こえてきた。

足元でだらりと下がっていた手が、無意識にきゅっと握りしめられた。彼女は知っていた。

晨也の周囲には常に女性が絶えなかったことを。

だが、自宅に女性を連れ込んだのは、今回が初めてだった。

こんな場面は見たくない――そう思って目をそらしかけたとき、ふと視界の隙間からその女の顔が見え、彼女は足を止めた――

* * *

「安里さん、お体はすでに多臓器不全の兆候を示しています。このまま治験を続ければ、3ヶ月ももたないでしょう」

医師が差し出した検査報告書を見つめながら、安里梨花(あんり りか)はかすかに苦笑した。

「構いません、3ヶ月あれば十分です」

これは江川晨也(えがわ ともや)のそばにいられる、唯一のチャンスだ。彼女は、それを手放すつもりはなかった。

病院を出た彼女はそのまま自宅へと戻った。玄関に足を踏み入れた瞬間、寝室から熱を帯びた情事の声が聞こえてきた。

足元でだらりと下がっていた手が、無意識にきゅっと握りしめられた。

彼女は知っていた。晨也の周囲には常に女性が絶えなかったことを。

だが、自宅に女性を連れ込んだのは、今回が初めてだった。

こんな場面は見たくない――そう思って目をそらしかけたとき、ふと視界の隙間からその女の顔が見え、彼女は足を止めた。

血の気が引いていくのを感じた。あの女の顔は、彼女の脳裏に深く刻まれているものだったからだ。

呆然としているうちに、室内の気配が止み、晨也はだぶだぶのズボンを穿いて出てきた。彼女を見た瞬間、彼の目に冷たさが宿った。

「ちょうどよかった。新しい薬が届いた。今回は量を増やすぞ」

そう言って、彼は薬の瓶を彼女の手に押しつけた。

瓶を握りしめたまま、梨花の目に熱がにじんだ。「なぜ……望月念希(もちづき ねんき)なの?」

彼女は決して忘れない。望月念希、それは彼女の両親を死に追いやった仇の娘なのだ。

晨也の口元に嘲笑が浮かんだ。

「俺が誰と寝ようが、お前に許可を取る必要があるとでも?安里、まだ自分を俺の恋人だとでも思ってるのか?

俺は念希と寝ただけじゃない。彼女と結婚もするよ。

さっさと薬を飲め。念希の体はもう、時間がないんだ」

薬の瓶が、まるで火でもついたように熱く感じられた。彼女は目を見開き、呆然と晨也を見つめた。

「この半年、私が試していた薬は……全部、彼女のためのものだったの?」

命を削って試したその薬は、仇の娘のためだったのか?

胸の奥で怒涛のように感情が渦巻いた。彼女は唇を噛みしめ、血の味が口いっぱいに広がるまで、絶対に緩めなかった。

晨也の目に軽蔑の色が浮かんだ。「なんだよ、望月家のお嬢様と知った途端、今までの報酬が安すぎるとでも思ったか?」

彼は財布から万円札の束を取り出して、彼女の顔に叩きつけた。

「これで足りるか?さっさと飲め!倍の量だ!」

札束の衝撃にくらくらとしながら、梨花の脳裏には、長く封じ込めていた記憶が蘇った。

19歳の頃、道端で瀕死の状態で記憶を失っていた晨也を、彼女は家に連れ帰った。

すべてを失った彼と、肩を寄せ合って支え合い、お互いを人生で最も大切な存在とみなしていた。

20歳のある夜、酔った勢いで彼は恐る恐る想いを打ち明けた。その夜、二人は初めて結ばれた。

若さゆえの情熱は火のように激しく、二人は幾度も愛し合った。やがてその舞台は自宅からホテル、映画館の一角や路地裏へと広がっていった。

だが、最後の一度は、七つ星の高級ホテルだった。

梨花は裸で、全身にキスマークが残っていて、金持ちの御曹司はズボンを引き上げて立ち去った。

晨也は衝撃と怒りで叫んだ。「あのクソ野郎を殺してやる!」と。

だが結局は彼女を抱きしめてキスし、激しく求めた。

その夜、彼は何度も彼女の耳元でささやいた。「気にしない。愛してる」

だが梨花は、その涙をぬぐいながら、絶頂の瞬間に言った。

「私が望んだの。彼は私に、あなたでは一生稼げないほどの金をくれるの」

何を口走ったか覚えていない。ただ、彼を全否定したことだけは覚えている。

彼のことを夢想家だと言い、彼が一緒にいるのはただ欲望を満たすためだけだと言い、そんな人間はスラム街に住むのがふさわしく、一生這い上がれないと言った。

晨也は茫然と立ち去り、噂ではその夜、足を滑らせて頭を打ち、三日三晩の昏睡状態に陥ったという。

目覚めた彼は、すべての記憶を取り戻し、港町の御曹司として蘇った。

冷酷非情な存在となり、「梨花」という名前は、彼の中で決して口にしてはならないものとなった。

あれから5年――彼女はまるでこの世から消えたかのように姿を消した。

だが、真実を知るのは彼女だけだった。あの夜、彼の元を離れたのは、金のためじゃなく、彼を巻き込まないためだった。

16歳まで彼女も名家の令嬢だった。だが、望月家は彼女の父の会社を奪った。そして彼女の母を自分のものにするため、彼女の父を自殺に追い込んだ。

父の死から一週間後、母も手首を切って自ら命を絶った。数日で彼女はすべてを失った。

晨也と別れたのは、復讐のチャンスを掴んだからだった。彼を守るため、自ら悪女を演じた。

父母の仇に復讐を果たし、敵を52階のビルから突き落とした。だがその代償は、「過失致死」での服役だった。

出所後、生きるために職を探し、巡り巡って晨也の前に現れた。

そして彼も、復讐の機会を手にした。彼女に法外な報酬を与え、副作用の強い治験の薬を試させたのだ。

彼女の目が潤んだのを見て、晨也は再び口を開いた。その冷たい声には、わずかな期待がにじんでいた。

「まさか、お前が薬を試してた理由が、金じゃなくて、俺のそばにいたかったからか」

梨花は一瞬、はっとして我に返った。彼女は静かにしゃがみ、床に散らばった札束を一枚一枚拾い集めた。口元には、苦しさを押し殺すような笑みが浮かんだ。

「もちろん、お金のためよ」

一度嘘をついたら、最後まで演じきるしかない。彼と再び愛し合う資格なんて、もう彼女にはないのだから。

残された3ヶ月、彼のそばにいられるだけで、もう十分だ。

3ヶ月後には、この静けさを、全て彼に返してあげるつもりだった。

縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)