私の肝臓で生きるあなたへ、さよなら第1話
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私は米沢優衣(よねざわ ゆい)。
夫の米沢准(よねざわ じゅん)の初恋の人、神崎明里(かんざき あかり)が帰国したその日、私は息子の米沢翔太(よねざわ しょうた)を連れ、遠く離れた故郷へ向かうことにした。
それを最後に、私は彼の世界から姿を消した。
かつて窮地に陥っていた私を救ってくれた恩に報いるため、私は自分の肝臓の半分を彼に提供した。
けれど彼は感謝するどころか、それすらも私が彼と結婚するために仕組んだことだと思っていた。
私さえいなければ、ずっと忘れられずにいる初恋の人と結婚していたはずだと、彼は何度も口にしていた。
そして今、彼がずっと想い続けてきた明里が帰ってきた。
だから私も、彼のもとを離れることにした。
* * *
今日は私の誕生日だった。
幼稚園に通い始めたばかりの翔太が、うれしそうにプレゼントを差し出してくれた。
幼稚園のお絵描きの時間に、一生懸命描いてくれた1枚の絵だった。
絵には、私と翔太、それから准の3人が描かれていた。
明るい日差しが降り注ぐ芝生の上で、3人は手をつなぎ、花がほころぶような笑顔を浮かべていた。
「ママ、パパ今日いつ帰ってくるの?」
翔太が期待に満ちた顔で私を見上げた。
私は返事ができなかった。
そういえば、准はもう3か月近く家に帰ってきていなかった。
今日が私の誕生日だということも、きっととっくに忘れていたのだろう。
「翔太、パパに会いたい?」
しょんぼりした翔太を抱き上げ、そっと頭を撫でた。
「会いたい!」
まだ幼い翔太は、自分の気持ちを隠すことも知らず、大きな目を輝かせて私を見つめた。
「じゃあ、ママが今から寝かしつけてあげるね。起きたら、パパに会えるよ!」
そう言ってはみたものの、准がいつ帰ってくるのかは、私にもわからなかった。
ただ、今どこにいるのかだけは、だいたい見当がついていた。
「うん!」
翔太はうれしそうにベッドに上がると、枕に頭をのせ、ぎゅっと目を閉じた。
翔太が眠ったのを見届けてから、私は家を出た。
生体肝移植のドナー手術の後遺症で、今も体は思うように動かなかった。
胸の痛みをこらえ、足を引きずるようにして、准がいるはずの場所へ向かった。
案の定、馴染みの店に着くと、個室の中から准の声が聞こえてきた。
「明里が帰ってきた。なら、もう離婚するしかない。一度は自分の気持ちを押し殺したんだ。もうこれ以上、我慢する気はない」
その声に、迷いは少しもなかった。
それを聞いて、私は思わず小さく笑った。
あの夜の過ちで私が准の子を身ごもらなければ、彼が私と結婚することなどなかった。
私との結婚さえなければ、明里も彼のもとを去らず、何年も姿を消すことはなかっただろう。
思えば、私たちの結婚は、最初から冗談みたいなものだった。
結婚して3年になるというのに、私も翔太も、准と顔を合わせたのは数えるほどしかなかった。
家に帰ってこないこと自体が、私に対する彼なりの意思表示だった。
翔太が生まれたときでさえ、准は顔を見せなかった。
准は翔太を憎んでいた。
翔太さえいなければ、明里が怒って自分のもとを去ることもなかった――准はそう思っていたのだ。
そんなことを考えていると、個室の中から別の男の声が聞こえてきた。
「もう結婚して何年も経つんだし、奥さんとの間には翔太だっているんだろ?昔のことは、もう水に流してもいいんじゃないか……」
だが、男が言い終わる前に、准が遮った。
「水に流せるかよ。あの女にまんまと嵌められてできた子なんだぞ。そんな簡単に忘れられるわけないだろ!
肝臓を半分くれて、子供を1人産んだくらいで、何年も米沢家の嫁でいられたんだ。あの女にしちゃ、それだけでも十分すぎるだろ!
明里がまた俺の前に現れたってことは、もう一度やり直す気があるってことだろ。
今度こそ、絶対に後悔はしない」
准はきっぱりと言い切った。
「まあまあ。せっかくみんなで集まったんだし、そんな暗い話はやめようぜ。ほら、飲もう!」
別の男が、場を和ませるように明るい声で割って入った。
ところが、准が酒に手を伸ばしたのを見て、ふと思い出したように尋ねた。
「准、お前、肝移植を受けたんだよな?酒なんか飲んで大丈夫なのか?」
「別にいいだろ。いちいちそんなこと気にしてられるかよ。あの女の肝臓が俺の中にあると思うだけで、吐き気がするんだ」
准は吐き捨てるように言うと、そのままグラスの酒を一口あおった。
「うまいな。やっぱりここの酒はうまい!」
楽しそうな声だったが、私への嫌悪だけは隠しようがなかった。
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