私の恋を賭けた彼は、すべてを失った第3話
この話は約1567字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
火傷の手当てを終えて戻ると、3人ともまだ私の部屋に居座っていた。
「ここは私の家よ。出ていくべきなのは、あなたたちのほう」
圭吾の顔色が変わった。
「俺は来週、お前と結婚するんだぞ」
「それも、もうすぐ白紙になるわ」
一瞬、隠しきれない焦りが彼の顔に浮かんだ。
けれど拓海がちらりと目をやると、圭吾はたちまち、いつもの態度を取り戻した。
「わかったよ」
彼は上着をつかんだ。
「一晩だけ時間をやる。明日、会社に来い。パーティーの後始末をするぞ」
ドアのところで、圭吾は振り返った。
「結衣、お前は俺を愛してる。後悔するような決断はするなよ」
綾乃はふたりに挟まれるようにして出ていった。
廊下の向こうへ消えていく3人の背中を、私はじっと見送った。
かつて拓海は、私がこの世で誰よりも信頼していた人だった。
私たちは幼なじみで、私は10年間、彼を想い続けた。拓海と圭吾が資金繰りに苦しんでいたころも、私はふたりのそばで立て直しを支えた。
実家の資金と人脈が、いくつもの扉をひそかに開いていた。それが私の力によるものだとは、ふたりとも知らないまま。
やがて、悪趣味な冗談が始まった。
綾乃と同じ毛布にくるまって仕掛けた、偽のプロポーズ。
私が恥をかく姿を収めた、いくつもの動画。
私が怒るたびに、拓海は、お前は気にしすぎだと言った。綾乃は泣いた。そしてなぜか、最後に謝るのはいつも私だった。
ようやく拓海から離れたあと、ばらばらになった私を立ち直らせてくれたのが圭吾だった。
眠れない夜には、一緒に起きていてくれた。誰にも言えないような恥ずかしい話にも、黙って耳を傾けてくれた。一度は、彼の会議中に私の胃の持病が悪化したとき、会議を途中で抜けて、看病しに帰ってきてくれたこともある。
圭吾は違う。そう信じていた。
そしていつしか、私は彼を好きになっていた。
けれど私は知らなかった。拓海と綾乃と圭吾が、今夜よりずっと前から、私の気持ちを3人だけの遊び道具にしていたことを。
かつて拓海は、私が彼を想うのをやめるはずがないと信じきっていた。
今、圭吾は、私が彼のもとを去るはずがないと、同じように信じきっている。
そして綾乃は何年もかけて、どこまで踏み込めばふたりのどちらかが自分をかばってくれるのか、その加減を正確に覚えていったのだ。
3人が帰ったあと、私の個人資産を管理している事務所から、暗号化されたメールが届いた。
【件名:至急確認願い 瀬戸ハーバーグループ議決権の件】
添付ファイルによれば、私が持つ38パーセントの議決権は、3日前に綾乃へ譲渡されたことになっていた。
承認書類には、私の署名があった。
そんな書類、私は生まれてこのかた一度も見たことがない。
私は長いあいだ、その画面を見つめていた。
ほとんどゼロの状態から、私は圭吾と拓海が瀬戸ハーバーを築き上げるのを支えてきた。
そのふたりが今、私の署名を偽造し、私の議決権を綾乃に渡したのだ。
出ていくのなら、私のものはひとつ残らず持っていく。
翌朝、私は瀬戸ハーバーグループのビルへ向かった。
役員専用のエレベーターに乗り込んだ直後、足元がふっと沈んだ。
胃がひっくり返るような感覚が襲ってきた。
照明が消える。
手すりにしがみつくと、エレベーターはがくんと揺れて、階と階のあいだで止まった。
「誰かッ!」
返事はない。
スマホは圏外だった。非常ボタンを何度も何度も押す。
反応はなかった。
そのとき、頭上で換気扇がうなりを上げた。
凍えるような冷気が、エレベーターの中へと一気に吹き込んでくる。
数分もしないうちに、私の体が震え出した。
自分の体を抱きしめながら、操作盤のボタンを片っ端から押す。どれも反応しない。
冷気は止まらなかった。
全身の震えが止まらなくなり、視界がかすみはじめたころ、ようやくエレベーターの扉が開いた。
そこに立っていたのは、圭吾と拓海と綾乃だった。
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