私のかわいい息子は、夫の初恋をママと呼んだ第3話
この話は約1459字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
楓は事故で3日間病院で休んでいるけれど、まだ退院できる状態ではなかった。
そして渚は、楓が入院してから毎日、インスタの投稿を更新した。そこにはいつも、湊と健太が写っていた。
1日目は、ケーキの手作り体験。健太は、出来上がったケーキの最初の一口を渚に食べさせてあげていた。
2日目は三人でキャンプ。夜は、湊と渚が健太を間に挟んで、テントの中から星を眺めていた。
3日目は、健太の絵画教室に二人で付き添っていた。その日のテーマは「僕のママ」で、健太が描いたのは、渚の顔だった。
そして退院当日。3日間、一度も顔を見せなかった湊と健太が、ようやく渚を連れて現れた。
楓の体に残る痛々しい傷跡に目をやり、渚は申し訳なさそうに微笑んだ。
「楓さん、本当にごめんなさいね。この数日、みんな忙しくて、今日ようやくお見舞いに来れたわ」
そう言うと、渚は微笑みながら、楓の顔色を探った。
「健太から事故にあったって聞いたけど、体の具合はどう?」
湊と健太の二人は、少し緊張しているのが分かった。
彼らは、楓が記憶を取り戻したかどうかを試しているのだと気づいた。
「お医者さんはもう退院できるって、ただ、まだ何も思い出せないの。あの、あなたは誰なんですか?」
楓は、何も分からないといった表情を崩さなかった。
目の前の3人は、そろって安堵のため息を漏らした。
健太が、自分から渚の手を取って、楓に紹介した。
「楓さん、この人は僕のママだよ」
退院の手続きをしていた楓の手が、ぴたりと止まった。
健太が渚のことを母親のように慕っているのは知っていた。でも、いざ目の前で「ママ」と呼ばれるのを聞くと、どうしようもなく息が詰まった。
命がけで産んだ我が子が、こんなにもあっさりと他の女を「ママ」と呼ぶなんて。
楓は顔を上げ、黙ったままの湊を見た。
いつもは落ち着いている湊は、珍しく、彼女と目線を合わせてくれなかった。
湊はすっと視線をそらし、やはり何も言わなかった。
楓の目に浮かんだ皮肉の色が、一層濃くなった。
7年も連れ添った夫は、息子のこの振る舞いを、ただ黙って見ているだけ。
なんて惨めなのだろう。
楓は込み上げてくる悔しさをぐっとこらえ、喉の奥から「そうですか」と一言、絞り出した。
退院手続きを済ませ、4人は一緒に車に乗り込んだ。
後部座席では、健太が渚と大好きなアニメについて夢中で語っていた。二人の様子は、まるで本当の親子のように自然だった。
楓は助手席に座り、ぎゅっと目を瞑って、何も気にしていないふりをした。
車が停まって初めて、自分たちは家ではなく遊園地を目指していたことに気づいた。
健太は渚の手を引いて車を降りると、待ちきれないように興奮しながら言った。
「ママ、早く行こうよ。遊園地なんて久しぶりなんだ。ママと一緒に遊びたい!」
その言葉を聞いて、楓はハッとした。そしてすぐに、口元に苦笑いが浮かんだ。
健太が今よりも幼かった頃に、よく遊園地に連れてきてあげた。そのたびに健太は自分の手をぐいぐい引っ張って、これに乗りたい、あそこに入りたいって大はしゃぎしていたのに。
あの頃の健太は、「ママが大好きだ」というような、きらきらした目をしてこっちを見つめてきた。
「僕、ママと遊園地に来るのが一番好き!世界で一番幸せだよ!」
でも、いつからだろう。楓が遊園地の話をしても、健太はこう言うだけになった。
「遊園地なんてつまんない。ぜんぜん行きたくない」
楓は、健太はただ遊園地に飽きただけなんだと思っていた。
しかし、今になってわかったのは、健太が飽きたのは遊園地じゃなくて、この母親のほうだった。
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