私が研究枠を後輩に譲った後、彼は取り乱した第3話
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少しばかり、無視された後のような不安がそのまま滲んでいた。
紗月はそれを見るや、慌てて彼の腕を揺らした。
「土屋さん、ねえ、この関数、ちょっと見てくれない?」
呆然と立ち尽くしたままの時彦は、半ば強引にして紗月のデスクへと引きずられていった。
会議室のドアを閉め、私は全神経を会議に集中させた。
会議が終わると、中世古教授が先頭に立ち、熱帯雨林プロジェクトのメンバーたちが小さな送別会を開いてくれた。
皆とても熱心で、少し酒も入って、雰囲気はとても良かった。
酒の匂いをまとって家に戻った時には、すでに夜の十一時近くだった。
リビングの灯りがついていた。
時彦は真っ黒な顔でソファに座っていた。まるで門番みたいに。
「どこ行ってたんだ?こんな遅くまで帰らない上に、酒まで飲んで?」
彼はすぐに立ち上がり、声には抑えきれない怒気が満ちていた。
「明日俺は出発だぞ。早く帰ってきて荷物の準備くらい手伝ってくれてもいいだろ!」
酒は臆病者を強気にすると言うけれど、いま目の前にいる時彦を見ていると、私はただただ疲れ果てて、言葉を発する気力すら湧かなかった。
静かに息を吐いた。
「時彦、何度も調査に行ってるんだから、あなたのほうが経験は豊富でしょ。何を持っていくべきで、何が要らないのか、あなた自身が一番分かってるはず」
私の静かな声に刺されたのか、時彦の声音は思わず荒くなった。
「前はいつも君がやってくれただろ!」
そう、前は全部、私だった。
その頃の私は、彼が道中でどんなトラブルに遭うかと気が気でなく、飢えたり、凍えたり、少しでも辛い思いをするのが怖くてたまらなかった。
長い時間離れることを思うだけで、胸がぐしゃぐしゃに軟らかくなってしまった。
家中のもの全部を、彼のスーツケースに詰め込みたかった。
できることなら──私も一緒に行きたかった。
でも、いまは……
「あなたはもう大人でしょ。子供じゃない。これくらい、自分でできると私は思ってる」
真剣な眼差しと信頼の響きは、今の彼には刃のように刺さったらしい。
時彦は私を睨み付け、その視線はまるで私の顔に穴を開けようとしているみたいだった。
「いいだろう、優未。やれるものならやってみろ。後悔するなよ!」
そう言い捨てて、ソファの上の上着を掴み、ドアを思いきり叩きつけるように閉めて出て行った。
こめかみを押さえながら、私は彼を追うことなく、熱帯雨林プロジェクトの資料整理を続けた。
それほど時間も経たないうちに、スマホが狂ったように鳴りはじめた。
消音にして、目の前の作業を終えてから、ようやく画面を開いた。
全部、時彦からだった。
彼と紗月がアウトドア用品店にいる写真。写真の中で、紗月はつま先立ちして彼のハードシェルジャケットの襟を整えている。
二人の距離は近く、姿勢は親しげだった。
さらに、紗月が二色の保温ボトルを手に持ち、首を傾げながら満面の笑みを浮かべている写真もあった。
正直に言えば──どっちの色もなかなか可愛い。
ショッピングサイトで売っているか調べようとした瞬間、時彦のメッセージが飛び込んできた。
【君が一緒に装備を買いに行ってくれないからだぞ。仕方なく、夜遅くに紗月に付き合わせるしかなかったんだ】
どことなくにじむ責め口調。
だけど、買い物が嫌いで、女の買い物は面倒くさいって、そう言ったのは、ほかならぬ彼自身だった。
今さら私のせい?
画像をスライドさせると、また新しいメッセージが続いた。
【まあ、別に大したことじゃない】
【明日、ちゃんと見送りに来るなら、君が今日拗ねてることは全部許してやる】
【今回は化石を一つ持って帰ってやるよ。絶対に見たことないやつ……紗月も持ってないやつを】
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