私が去ったあと、クズ社長は狂うほど後悔した第3話
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返す言葉を失った蓮は、怒りを押し殺すように黙り込んだ。
やがて、ふっと笑った。
私のよく知る笑みだった。
何もかも自分の思いどおりになると信じて疑わない、あの笑み。
「今回は、ずいぶん聞き分けがいいな」
彼は藤堂を下がらせると、ゆっくりと私に近づいてきた。
その大きな影が、私の上に落ちた。
「綾香、大人しくしていろ。あいつは気が強い。余計なことをして怒らせるな」
彼は身をかがめ、私の耳元に息がかかるほど顔を近づけた。低い声には、隠しきれない欲が滲んでいた。
「この数日、あいつに焦らされっぱなしでな……限界なんだ。やっぱりお前はいい。聞き分けがよくて」
胃の奥から、強烈な吐き気が込み上げた。
つわりのせいでもあった。
けれど、それ以上に彼そのものが気持ち悪かった。
私は彼を突き飛ばし、壁際に駆け寄ってえずいた。
蓮の動きが止まる。
さっきまで顔に浮かんでいた余裕は消え、目元がみるみる冷えていった。
「何だ。俺に触れられるのが、そんなに嫌か?綾香、まだパーティーのことを根に持っているのか」
私は壁に手をついたまま、彼を見なかった。
「白石さんに知られたら、怒るわ」
蓮は低く笑い、勝手にネクタイを緩め、シャツのボタンに指をかけた。
「心配するな。あいつに知られることはない」
彼は本気で美咲を大切にしているのだ。
汚すことすらためらうほど大事にしているくせに、私のことは都合のいい道具にするつもりなのだ。
彼がさらに身を寄せてきた瞬間、私は全身の力を振り絞り、もう一度強く突き飛ばした。
「触らないで!」
空気が凍りついた。
人に拒まれることなど、彼の人生にはなかったのだろう。
「篠原綾香!俺は、お前が逆らうのが嫌いだと知っているはずだ。俺がまだ我慢しているうちに、いい加減にしろ」
彼は私の顎をつかんだ。
骨が軋むほどの力だった。
お腹の子のことが頭をよぎった。
私は、従うしかなかった。
……
湖畔の屋敷に閉じ込められて三十日目、蓮から招待状が届いた。
美咲の誕生日パーティー。
彼は藤堂に伝言させた。
その口ぶりは相変わらず、上から人を見下ろすものだった。
「芝居をするなら最後までやれ。俺に恥をかかせるな」
ごく普通の白いワンピースを着て宴会場に現れた瞬間、私は会場中の笑いものになった。
会場には、華やかなドレスと宝石の輝きがあふれていた。
その中で私は、場違いなスタッフのように浮いていた。
少し離れた場所で、美咲は世界限定のオートクチュールドレスをまとい、蓮の腕に手を絡め、女王のように笑っていた。
「あれが篠原綾香?昔は国際的なピアニストだったって聞いたけど、今じゃあんなに落ちぶれたの?」
「ピアニストだから何よ。結局、高梨社長に飽きられたんでしょう。男って新しいものが好きだから」
「白石さんのあのスタイルと雰囲気を見てよ。あれこそ高梨夫人にふさわしい姿よね」
ひそひそ声が針のように、隙間なく耳へ突き刺さってきた。
私はシャンパンのグラスを手に、無表情のまま、いちばん目立たない隅へ身を縮めた。
それでも彼は、私を放っておいてはくれなかった。
蓮は美咲を抱き寄せ、人波を抜けて、一歩ずつ私の前まで来た。
蓮は私を見た。
その目には温もりなど欠片もなく、ただ値踏みするような冷たさだけがあった。
「綾香」
彼は見下ろすように口を開いた。
声は大きくなかったのに、周囲を一瞬で静まり返らせるには十分だった。
「世界で名を知られたピアニストだったんだろう?なら、美咲の誕生日に一曲くらい弾けるよな」
美咲は彼の腕の中にもたれ、赤い唇を吊り上げた。
その目には、隠そうともしない嘲りと優越感が浮かんでいた。
彼は知っている。
ピアノが私の誇りであり、私の命そのものだと。
それなのに今、彼は私に、新しい恋人を喜ばせるため、皆の前で演奏しろと言う。
まるで余興のように。
「何だ、嫌なのか?」
蓮の眉間が険しく寄り、苛立ちが露わになった。
「俺の言葉が、分からないのか?」
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