社員旅行を潰した新人が泣いた日第3話
この話は約1886字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
健太は営業部に入って4年目になる古株だった。
一昨年のニュージーランド旅行にも参加し、去年の特別手当も受け取っている。会社から受けられる福利厚生も、毎回きっちり利用してきた。
俺はそのページをスクショして久美子に送った。
【鈴木の直近3日分の社内システムのアクセスログを確認してくれ】
……
騒ぎは3日目に入り、とうとう収拾がつかなくなっていた。
午前9時、スマホが鳴った。
相手は、3年前から取引を続けているうちの最大の取引先の社長だった。
電話に出ると、相手はいきなり本題に入った。
「唐沢社長、率直に申し上げます。うちでは取引先の風評リスクも確認しているんですが、今回の件は社内でもかなり問題になっていまして。
次の四半期の発注は、いったん見送らせてください。状況が落ち着いてから、改めてお話しできればと思います。
私の一存で決められる話ではありません。取締役会からも説明を求められているので」
通話が切れた直後の電子音が、静まり返ったオフィスにやけに大きく響いた。
1億6000万円。
次の四半期の売上の4割を占める取引が、たった30秒ほどの動画一本で吹き飛びかけていた。
スマホを握る手に、無意識に力が入った。胸の奥に重いものが沈んでいくようだった。
まだ頭の整理もつかないうちに、久美子が勢いよく入ってきた。
「社長、鈴木が社内で変な動きをしてます」
一瞬驚いたが、健太のことを考えると、そこまで意外でもなかった。
「休憩スペースに入社したばかりの若手を何人か集めて、何か話してたんです。
たまたま通りかかったんですけど、社長の今回の対応はひどすぎるとか、小川さんは一人で会社に立ち向かってるんだから、みんなで助けるべきだとか……そんなことを言ってました。
それに、小川さんのことを『紗季ちゃん』って呼んでたんです。入ってまだ1か月なのに、ずいぶん親しそうでした」
俺は椅子の背にもたれ、黙って聞いていた。
健太のことはよく知っていた。要領がよく、社内で誰かと揉めることもほとんどなかった。
社員旅行の宴会では真っ先に酒を注いで回り、集合写真ではさっと中央に入り込む。福利厚生の案内が出れば、申し込みも誰より早かった。
そんな健太が今になって紗季の肩を持ち、若手まで巻き込んでいる。
どうにも引っかかった。
久美子がタブレットを差し出した。
「それと、鈴木のアクセスログを確認したんですが、気になる点がありました」
画面にはアクセス履歴が並んでいた。
過去3日間、健太のアカウントで勤務時間外に何度も顧客管理システムへアクセスした記録が残っていた。
アクセス時刻は、ほとんどが深夜11時から翌午前1時の間だった。
「何を持ち出した?」
久美子の声がわずかに震えた。
「大口取引先3社分の見積データです。最低提示価格まで入ってます。
これが競合に渡ったら、うちより安い価格をぶつけられて、取引先をまとめて持っていかれる可能性があります」
そこまでわかれば、話はつながった。
紗季はただ前に立たされていただけで、裏で仕掛けていたのは健太だった。
事情を知らないインターンを前に出して会社を炎上させ、社内を混乱させた。その騒ぎにみんなの目が向いている間に、健太は顧客データを抜いていた。
「そのデータを持って、どこへ行くつもりだ?」
久美子は少し間を置いて答えた。
「調べたところ、先月、青嶺商事の営業部長と2回食事をしてます。
青嶺商事は、うちの最大の競合です」
俺は少し考えた。
「会ってた証拠はあるか?」
久美子はすぐにスマホを取り出した。
「鈴木本人が写真を載せてました。『久しぶりの友人と食事』って書いてあります。向かいに座ってる男性の上着の胸元に、青嶺商事のロゴが入ってます」
俺はしばらく黙って画面を見た。
「鈴木は今日、来てるのか?」
「はい。今も席にいます。さっき通りかかったとき、小川さんの配信を見て笑ってました」
俺は社内の防犯カメラの映像を確認した。
健太は自分の席に座り、横向きにしたスマホを机の上に置いて、何度も画面を操作していた。
映像では細かいところまでは見えなかったが、一瞬だけ画面が切り替わり、紗季の配信にギフトを送っているのが見えた。
使っていたのは普段のアカウントではなく、アイコンも設定されておらず、ユーザー名も適当な文字列になっている裏アカだった。
それでも、必要な手続きを取って決済情報まで確認できれば、健太本人にたどり着ける可能性は高い。
映像を見ていた久美子は、怒りを抑えきれない様子で声を震わせた。
「4年もこの会社にいて、手当ももらって、社員旅行にも参加してたのに……情報まで持ち出して、そのうえ会社まで潰そうとするなんて」
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