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社員旅行を潰した新人が泣いた日第1話

この話は約2278字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

ゴールデンウィークの3日前、俺――唐沢雅人(からさわ まさと)のもとに、労働基準監督署から電話がかかってきた。

「従業員の方から、『休暇中の社員旅行への参加を事実上強制されている』との相談がありまして……」

一瞬、何のことかわからなかったが、SNSで検索してみて、思わず目を疑った。

先月入ったばかりのインターンが投稿した動画が拡散され、地元で話題の動画として上位にまで上がっていたのだ。

【ゴールデンウィークまで社員旅行を強制するブラック社長、社員を何だと思ってるの?】

【「自由参加」って言われても、こんなの断れるわけないでしょ】

コメント欄は何万件もの批判や罵倒で埋まり、俺はすっかり悪者扱いされていた。

けれど実際のところ、うちの社員旅行は昔から費用を全額会社負担にし、仕事は一切なし。旅行中も有給の特別休暇扱いにするなど、かなり手厚い内容にしてきた。

しかも今回は、俺が自腹を切ってモルディブ7日間の豪華旅行まで用意していた。

食事代も宿泊費もすべてこちら持ちで、一人あたり40万円の旅行補助まで付け、勤続年数の長い社員には家族の同伴も認めていた。

それでも、そこまで「自由」が大事だというなら、こちらが用意した有給旅行に無理して付き合ってもらう必要もないだろう。

俺は労基署の担当者に、ひと言だけ返した。

「必要な確認や対応には、すべて協力いたします」

電話を切ると、そのまま全社チャットにメッセージを送った。

【労働基準監督署からの指導を受け、ゴールデンウィークに予定していた社員旅行は中止します。期間中は全員、カレンダーどおりに休んでください】

【また、今回予定していた旅行補助金と社員旅行の予算は、全額を会社資金として留保します】

送信した途端、オフィスのドアの向こうから、誰かが机を思いきり叩く音が響いた。

* * *

俺がこの会社を立ち上げてから、今年で6年目になる。

最初の3年は、4人で狭い賃貸マンションの一室を借り、がむしゃらに働いて、ようやく会社を軌道に乗せた。

その頃、俺はひとつだけ、絶対に変えないルールを決めた。

「毎年、会社の純利益の50%を社員の福利厚生に回す」

無料のフルーツやお菓子を用意する程度の、形だけの福利厚生じゃない。社員がちゃんと実感できる形で還元する。

去年の秋の連休には、全社員に24万円の特別手当を出し、さらに3日間の有給休暇もつけた。

一昨年は社員旅行でニュージーランドへ行き、スカイダイビングも楽しんだ。1人あたり86万円かかった旅費も、全部会社持ちだった。

創業当初からついてきてくれた古参社員ともなると、年間の手当や福利厚生だけで、年収を上回るほどになる。

その分、社員も仕事でしっかり応えてくれた。社内の雰囲気はよく、業績は毎年倍増。離職率も、同業他社に羨まれるほど低い。

だから今年のゴールデンウィークはさらに奮発し、モルディブ7日間、水上ヴィラ付きの社員旅行を用意した。

1人あたり40万円を補助し、長く勤めている社員なら家族も連れていけるようにしていた。航空券とホテルの予約金も、2週間前には支払いを済ませていた。

ところが、先月入ったばかりのインターン、小川紗季(おがわ さき)が投稿した、たった30秒ほどのショート動画一本で、そのすべてが台無しになった。

創業当初からずっと一緒にやってきた松本久美子(まつもと くみこ)が、スマホを俺の目の前に突き出した。

「社長、コメント、もう5万件超えてます」

俺は画面をざっと見た。

【社員のこと食い物にしてる最低の社長】

【ゴールデンウィークに社員旅行とか、ただの休日出勤じゃん】

【社員にだって休む権利はあるでしょ。これ、労基署に通報したほうがいい】

コメント欄は罵倒で埋め尽くされ、どれもこれも名指しで俺を叩くものばかりだった。

紗季は動画に「ブラック企業を許すな」というタグをつけ、休みの日まで社員旅行に強制参加させられると、さも自分が被害者であるかのように訴えていた。

動画だけを見れば、理不尽な会社に勇気を出して立ち向かった社員にしか見えない。

その動画は、すでに300万回以上も再生されていた。

オフィスを出ると、廊下にはすでに大勢の社員が集まっていた。

久美子と同じ頃に入社した石井和彦(いしい かずひこ)は、ウォーターサーバーのそばでスマホのコメント欄を数人の古参社員に見せながら、怒りをぶちまけていた。

「あいつ、会社の世話には散々なっといて、よくこんなことできるな。ニュージーランドの旅行には参加してないくせに、特別手当はきっちり満額もらってるだろ」

その隣にいた営業部の佐藤直樹(さとう なおき)が、焦った様子で口を挟んだ。

「じゃあ、モルディブはどうなるんですか?妻ももう旅行の準備をしてるんですよ」

和彦が近くの机をバンと叩いた。

「行けるわけないだろ。労基署まで動いたんだぞ。社長がさっき、社員旅行は中止だって全員に知らせただろ」

その一言で、廊下は一気にざわついた。

「小川のやつ、恩知らずにもほどがあるだろ。せっかくの旅行を全部台無しにしやがって、何考えてんだよ」

社員たちが一斉に騒ぎ出す中、俺は何も言わず、そのままオフィスへ戻った。

久美子もすぐ後を追ってきて、声を落とした。

「社長、本当にこのまま何も言わないんですか? ネットじゃ、かなりひどいことまで言われてますよ」

「いいんだ。それより、この1年分の利益還元の振込記録と、福利厚生の受領確認書、それから今回のモルディブ旅行の予約確認書と支払い明細を、全部まとめてくれ」

久美子は一瞬、言葉に詰まった。

「労基署が調査に来るんだ。好きなだけ調べてもらえばいい」

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