研究より弟子を選んだ夫と離婚第3話
この話は約1474字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
あの雨の夜以降、私はすべてを知らないふりを貫き、ただ自分の傷ついた身体を回復させることだけに専念した。
自宅療養を始めて5日目、ようやく賢斗が帰ってきた。
彼が玄関の扉を開けた時、私はちょうど料理をしている最中だった。
彼は台所に入るなり、背後から私の腰にそっと腕を回し、甘えるように私の背中へぴったりと身体を寄せてきた。
その唐突な行動に驚いて背筋が強張り、思わず振り返って彼を見上げたが、賢斗はすっと視線を逸らした。
「なつめ、俺を呼び戻したのは、何か用でもあったのか?」
彼の大きな手が、私のお腹に触れる。
「子どもは、ちゃんと堕ろしてきたのか?」
私は居心地の悪さを覚え、身をよじって彼の腕から抜け出すと、正面からその目を見つめた。
彼の瞳は深く沈み、底まで静かに凪いでいた。
私が何も言わずにいると、彼はかすかに眉をひそめた。その顔をよぎった苛立ちにさえ、自分では気づいていないようだった。
しばらくの間、彼を見つめ続けた後、私は視線を手元に落とした。
「ええ、堕ろしたわ。先に出ていって。ご飯を作り終えたらゆっくり話すから」
反論の隙など一切与えない落ち着いた声で、私は彼を台所からリビングへと押し出した。
今日、彼がこうして帰ってきたのは、私が何十通ものメッセージを執拗に送り続けた末に、ようやく重い腰を上げた結果にすぎない。
スマホでメッセージを打っていた時の、凍りつきそうに震えていた自分の手の感覚を、今でもはっきりと覚えている。
我に返ると、手のひらにはまだ、さっき賢斗に触れられた時の温もりがかすかに残っていた。
けれど、さっきあまりにも距離が近かったせいで、彼の衣類から漂う、決して彼のものではない甘ったるい香水の匂いに、気づいてしまった。
コンロの火を止め、料理を皿へと盛り付ける。
皿を持ってリビングに出た時、そこには賢斗だけでなく、もうひとりの女性の姿があった。
ふんわりとしたピンク色のワンピースに身を包み、緩やかに巻いた艶やかな髪を肩に垂らした彼女は、白い肌をより一層際立たせ、とても健康的な血色の良さを見せていた。
ソファに腰かけたその女性の姿を見て、私は一瞬、息を呑んで固まった。
賢斗の可愛い弟子、玲那だった。
私を見た彼女は、これ以上ないほど華やかで愛らしい笑みを浮かべた。立ち上がる素振りすら見せず、ソファに座ったままの姿勢で甘ったるい声を出す。
「奥さん、お久しぶりです」
かつての怯えたような弱々しい様子は、もうどこにも残っていなかった。
言葉を返せないまま、私は無理やり笑みを作り、視線を彼女のそばに立つ賢斗へと移した。
「ああ、玲那が久しぶりになつめに会いたいって言うからさ。一緒に連れてきたんだ」
その言葉を聞きながら、私は皿を持つ手に、関節が白くなるほど力がこもるのを感じた。
今日、賢斗を呼び戻したのは、彼と玲那の関係を面と向かって問い質すためだったのだ。
けれど、堂々と目の前に広がるこの光景を見てしまえば、胸がえぐられるように痛むと同時に、心の奥底が麻痺していくのを感じた。
もう、わざわざ口に出して確かめる必要など、どこにもなかったのだ。
私は料理を食卓に並べる。
玲那は嬉しそうな声を上げて、ダイニングの椅子に腰かけた。
私は彼女の向かいの席に座り、自分の箸を手に取ると、ただ黙って彼女の仕草を見つめ続けた。
「わあ、これ全部奥さんが作ったんですか?」
そう言いながら、彼女は遠慮なく豚キムチを箸でつまみ、口に運んだ。
「美味しい!」とぱっと目を輝かせたのも束の間、彼女はすぐに眉をひそめてみせた。「でも、辛すぎますね。賢斗さんは辛い料理、苦手なのに」
……
縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)
第4話は公式アプリで
当サイトでの試し読みはここまでです。アプリをインストールし、下のアプリ用コードを入力すると、この作品の第4話からそのまま読み進められます。
T71355- 下のボタンから公式アプリをインストールします(無料)。
- アプリを開き、「コードを入力」にこのコードを入れると、この作品が本棚に入ります。
作品ページへ戻る 当サイトに掲載しているのは試し読みの章だけです。