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研究より弟子を選んだ夫と離婚第1話

この話は約1246字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

川崎賢斗(かわさき けんと)と、子どもを持たない結婚生活を始めて5年目。思いがけず、私のお腹に小さな命が宿った。

勇気を振り絞って妊娠を告げた私に、賢斗は驚くほど平坦な声で答えた。

「俺の研究計画に、子育てを組み込む余裕はない」

そう言って、迷いもなく中絶を勧めた。

私はお腹の子への未練も悲しみも胸の奥に押し込め、彼の言うとおりにした。

ところが心まで冷え切るような療養生活を送る中、彼は教え子と人目も憚らず抱き合っていた。

やがて、その教え子が大きなお腹を抱え、家にやってきた。

* * *

前日に陽性を確認した妊娠検査薬を差し出した時、川崎賢斗(かわさき けんと)は鏡の前でネクタイを締めているところだった。

最近の賢斗は「研究が忙しい」と何日も家に帰らず、広い家には、ほとんど私、川崎なつめ(かわさき なつめ)ひとりしかいなかった。昨夜も帰宅は深夜で、話す間もなく眠り込んでしまった。

「妊娠したの。1ヶ月だって」

口にした途端、胸の奥で小さな波紋が広がった。

賢斗の手が止まる。鏡越しに視線がぶつかった。

「……どうして妊娠なんてしたんだ」

私も不思議だった。子どもを望まない彼に合わせ、毎回欠かさず避妊していた。だからこそ、すべての確率をすり抜けて宿ったこの子は、授かるべくして授かった奇跡ではないかと思ったのだ。

「私、この子を産みたい」

彼は検査薬を一瞥しただけで、軽くため息を吐いた。

「なつめ、困らせるな」

胸の奥が、すっと冷えた。彼はいつも、聞き分けのない子どもをあやすような口調で私の願いを退ける。

唇を動かしたが、言葉は出なかった。

彼はネクタイの結び目を整えると、手を伸ばして私の髪を撫で、額に軽く口づけを落とした。

「まだ早いうちに堕ろしてくれ。俺の研究計画に、子育てを組み込む余裕はない」

声はすぐ耳元から聞こえているのに、まるで水中にいるように思考が遠のいていった。

分かっていたはずだった。

結婚する時、賢斗はこう言ったのだ。

「なつめ、俺はこれからの人生を研究に捧げる。あそこには、生涯追い続けたいものがある。お前と過ごす時間は少なくなる。それでも、一緒にいてくれるか?」

恋に浮かれていた私は、彼を一途な人だと思っていた。けれど結婚5年目の今、あの熱はいつの間にか静かに冷めきっていた。そんな孤独な日々の中で授かったこの子に、私はかすかな光を見たのだ。

その希望の光を、彼は何のためらいもなく消そうとしている。

子どもは研究の邪魔になる。彼にとっては、それだけだった。

今、目の前に立つ、相変わらず大人びて落ち着いた彼を見て、私の心は初めて揺らいだ。

「ひとりで行けるだろう?」

中絶に、ひとりで行けということだろうか。

無理に笑い、せめて一緒に来てほしいと言いかけた。

「悪い、研究室でまだやることがある。先に行くよ」

私は何も言い返せず、何度も頭の中で練った言葉を飲み込んだ。

彼は足早に去っていった。引き止める間さえ与えてくれないほど、あっという間だった。

あとに残された私は、その場に立ち尽くしたまま、そっとお腹を撫でた。

……

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