盲目的な恋は二度としない第1話
この話は約2207字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。
子どもの頃の私を守って失明した恋人長谷川陽斗(はせがわ はると)のために、私は自分の角膜を提供した。
彼は「一生、お前の目になる」と誓い、私にプロポーズしてくれた。私はその言葉を信じ、幸せな結婚式を夢見ていた。
しかし、式の直前、彼のSNSには【結婚相手は本命の白石依衣(しらいし いより)】という投稿と、ふたりのツーショット写真が上がっていた。
私は式を中止し、彼をブロックして海外へ発とうと決めた。
だが空港で、かつて幼い私たちを助けてくれた久遠澪真(くおん れいま)と再会する。彼こそが、私の政略結婚の相手だった。
その後もしつこく私に縋る陽斗に、私は冷静に告げる――私が愛したのは、昔の彼であって、今の彼ではない。今の彼は、もう私の愛を受け取る資格などないのだから。
* * *
十八歳のとき、私は二十年も目が見えなかった長谷川陽斗(はせがわ はると)に、自分の角膜を提供した。
彼は深く感動し、自分から私に「結婚してほしい」と言ってくれた。
「綾香、俺、一生お前の目になる」
けれど、結婚式の前夜、彼のSNSに投稿が上がった。
【目の見えない女に絡まれてる。生活の世話するだけで手一杯だ】
【身の程をわきまえないって、まさにああいう女のことだよ。最初から承諾しなきゃよかったな】
コメント欄みんな彼を心配してた。
【ひどすぎる。そんな女にまとわりつかれるなんて可哀想】
【本気で結婚するの?】
陽斗はすぐに返した。
【するわけないだろ。本当に俺が迎えるのは『本命』の方だ。どうせあの子、見えやしないんだから】
投稿に添えられた写真には、純白のウェディングドレスに身を包んだ女性が、彼の腕に寄り添っていた。
その場で、私はただ滑稽なアヒルのように立ち尽くしていた。
私は視力回復の診断書を握りしめ、黙っていた。
そして、母に電話をかけた。海外での縁談を受けると伝えた。
――長谷川陽斗。他の人を幸せにしてあげて。
私たちはもう、二度と会わない。
・・・・・・
「篠原綾香(しのはら あやか)、俺、一生お前を守る。絶対に裏切らないから」
陽斗はそう言いながら、目の前の白石依衣(しらいし いより)に微笑んでいた。
まわりの男たちは肘でつつき合い、嘲り笑いを含んだ声を漏らす。
「演技、完璧だな。指輪交換のとき笑わないようにな」
「最初、彼女から角膜を騙し取って簡単に手に入れようって言ってたけど、ちゃんと引っかかるか心配してたんだぜ。まさか本当に角膜を捧げて、しかも嫁に来るとか、まるで渡りに船のカモだな!」
私はその場で固まった。
涙が止まらず、瞳から溢れ出した。スマホの画面と目の前の風景すべてが、この結婚式がただの騙しだと私に物語っている。
三か月前、私は角膜移植を受けて視力を取り戻していた。
結婚式で彼にそれを伝えて驚かせようと思っていた。
「これからは、一緒にこの世界を見よう、もう陽斗の重荷なんかじゃない」と言うつもりだったのに。
だが、彼がくれた「サプライズ」はさらに大きく、私は会場で一番滑稽な道化者になってしまった。
駆け寄って問い詰めたいのに、足がまったく動かなかった。
目の前で得意げに笑う陽斗の顔が、鋭い刃のように私の胸に突き刺さり、息ができないほど痛かった。
「いい加減にしろよ。綾香は目が見えないだけだ、耳は聞こえるんだぞ。
バレたら面倒だからな。恩を受けてる身だし、一応な」
周囲は笑いをこらえて手で口を覆った。
ただ一人、依衣だけが瞳に涙をためている。「陽斗と結婚できても、あなたの心は私のものにならないのね……」
その言葉に、陽斗は彼女を抱き寄せ、私の知らない優しい声で囁いた。
「馬鹿言うなよ。俺の心は、最初から依衣だけのものだよ」
依衣の涙が堰を切ったように落ち、彼は一瞬慌ててしまった。
彼の親友が近づき、肘で陽斗を軽く突いた。
「簡単だよ。初夜は代役を立てればいい。どうせ綾香には見えないんだから」
陽斗は眉をしかめ、一瞬、迷いの色が浮かんだ。
依衣の肩が震える。「無理しなくていいよ、陽斗。私、大丈夫だから……」
陽斗は彼女のその様子を見ると、決意して頷いた。「わかった。そうしよう」
依衣はようやく泣き声を止め、陽斗の胸に寄りかかりながら、うなずいた。
私は診断書をぎゅっと握りしめた。爪がもうすぐ掌に食い込みそうだった。
そのとき依衣が軽やかに声を上げる。
陽斗の手を離すと、得意げな表情で私の方へ歩いてきた。「綾香さん、いつ来てたの?私、さっきリハーサルしてたの。怒ってないよね?」
陽斗は彼女の手を握り、にこやかに言った。「見えないんだから、手伝ってくれたことに感謝しないとな」
依衣は恥ずかしげに拳で彼の肩を叩き、周囲もそれを微笑ましく見守る。
私は乾いた笑いを漏らす。
思えば、今年のあらゆる催しで、こんな光景が何度もあった――会場のざわめきが急に止まったとき、私は不安で陽斗の手を掴もうとした。けれど彼は黙ったまま、しばらくしてかすれた声で「大丈夫」とだけ言った。
あと、家で、私のものとは違うハイヒールを見つけたとき、それから私の香水ではない匂いを感じたとき、彼はいつも笑って言った。「見えないんだから、勘ぐるなよ」
――私は、見えないことでずっと彼に弄ばれていたのだ。
命を懸けて愛した男は、私の角膜を騙し取っただけでなく、このいわゆる結婚式さえも、彼の「本命」を喜ばせるための道具だった。
私はさっと背を向け、陽斗にメッセージを送った。
【結婚式、中止にする。私たち別れよう】
縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)