百回後の結末第3話
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今ならパパイヤを食べられるのに、目にしただけで私は涙がこぼれそうになった。
台所に戻って、私は二品料理を作った。
パパイヤのミルク煮と茶碗蒸し。
ちょうど食べようとしたとき、玄関の鍵が開く音が聞こえた。
和紀が入ってきて、手にスーツケースを提げている。
私は不思議に思った。衣織が倒れてからというもの、彼はずっと家に帰ってきていなかったのに。
「どうして戻ってきたの?衣織に付き添わなくていいの?」
和紀はスーツケースをそのまま引きずりながら寝室へ向かい、気軽な調子で言った。
「衣織と結婚するんだから、荷物取りに来たんだ。
あとで面倒になると嫌だしな」
私は「そう……」と答えたが、心の奥底では、さっきの衣織の言葉が蘇った。
「私たちの結婚式が一週間後に決まった。ぜひ、赤ちゃんと一緒に見に来てね」
そうか、もうすぐだな。
早く荷物を運ばないと、後で「縁起が悪い」私に影響されたら大変だとでも思っているのだろう。
ぽたりと涙が茶碗に落ちて消えた。跡形もなく、音もなく消えていったのは、まるで和紀が私に向けていた愛情のようだ。
でも、以前はそうではなかったのに。
確かに彼は、この子の誕生を心から楽しみにしていたのに。
私たちは、あれほど幸せだったのに。
俯いて茶碗蒸しを口に運ぼうとしたとき、荷物をまとめ終えた和紀が、不意に声をかけてきた。
「茶碗蒸し、作ったか?
ちょうどいい。衣織、今夜まだ何も食べてないんだ。何か食べ物が欲しかった」
言い終わると同時に、和紀は当然のように私の手から茶碗を取り上げた。
空になった自分の手を見つめ、私はしばらくの間、動けずにいる。
我に返る頃には、彼はすでにきれいな弁当箱を取り出し、詰め始めた。
「それ……私の晩ごはんよ」
和紀は顔を上げることなく、淡々と弁当箱を閉じた。
「テーブルにもう一品あるだろ。そっち食べればいい」
視線の先にはパパイヤのミルク煮。私は乾いた笑みを浮かべ、そっと呟いた。
「妊婦は……パパイヤ、食べちゃいけないのよ」
和紀は一瞬きょとんとし、弁当箱を置いた。
「じゃあ……ちょっとだけ食べれば?
お前、検診でいつも異常なかったんだし、少しくらい平気だろ」
鼻の奥がツンとし、涙がこぼれそうになって、私は上を向いた。
「……平気よ」
──だって、もう子どもは亡くなったのだから。
何を食べても、何をしても、もう関係ない。
私の変化に気づいたのか、和紀はため息をつき、私を抱き寄せた。
「笙子、もう少しだけ我慢してくれないか?
結婚式が終わったら、ちゃんとお前のそばに戻る。
だから、あと少しだけ耐えてくれ」
「……うん」
私は答えながら、自然と昔の言葉が次々と頭に浮かんできた。
「笙子、衣織から目が離せないんだ。彼女の機嫌が落ち着いたら、一緒に検診に行こう」
「笙子、衣織が熱を出した。検査が終わったら連絡する」
「笙子、衣織が俺を行かせたくないって……寝かしつけたら帰るよ」
――和紀、あなたはいつ気づくのだろうか。
私はもう、とっくに待ちきれなくなっていた。
そっと彼の腕の中から身を引き、私は弁当箱を手渡した。
「行って。早く」
──振り返らないで。
ドアが閉まろうとしたとき、私は彼を呼んだ。
「和紀、あの日あなたが私に離婚を言い出したのは、何回目だったか覚えてる?」
和紀の背筋がぴくりと止まった。彼が答えようとする前に、私は話を続けた。
「百回目よ。
今日は101回目。
明日、役所で会おう。
絶対に来てね。私も行くから」
そう告げて、私は一歩踏み出し、ゆっくりと確実にドアを閉めた。
そしてドアにもたれると、和紀の荒い呼吸が聞こえてきた。
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