百の嘘に愛を込めて第3話
この話は約1961字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
誕生日パーティーの夜、玲央の仲間たちが私を囲み、個室の中心に一番大きなケーキを押し出した。
「澪さん、玲央さんが言ってたよ。澪さんが甘いものを食べる姿が一番好きだって」
玲央は視線を逸らし、まるで何も聞こえなかったかのように振る舞った。
ケーキを一口含んだ瞬間、喉奥に苦みが広がり、胃の底から吐き気が込み上げる。
だが、白石志乃は私の手を押さえ、残ったケーキを力づくで口に押し込んできた。
「澪さん、今日は私の誕生日なのよ?空気読んで。まさか、私に吐き気がするってこと?」
次の瞬間、下腹部に鋭い痛みが走り、内臓を鷲掴みにされたような激痛に息が止まった。
周囲では、玲央の仲間たちが笑い、囃し立てる。私の苦しむ姿を、まるで見世物のように。
ケーキを無理やり食べ終えた私は、耐えきれず洗面所へ駆け込み、胃の中を全て吐き出した。
その背後で、満足げな笑い声が個室にこだました。
「まだ胃腸炎が治ってなかったのか?」
玲央が差し出したぬるま湯にはミントの葉が浮かんでいた。私たちが初めて出会った頃、彼が教えてくれた「吐き気止めの裏技」だ。
——その優しさが、今は嘘のように冷たい。
返事をしようにも、鋭い痛みに言葉が出ない。腹の奥が無数の針で刺されるように痛む。
ふと視線を落とすと、鮮やかな血が脚を伝い、床にぽたぽたと滴っていた。
私は玲央の腕を掴み、震える声で訴えた。
「……病院に……連れてって……」
だが白石志乃がドアの前に立ちはだかり、にこりと微笑みながら言った。
「生理不順よ。女の子なら誰でもあること。玲央、そんな大袈裟にならないで」
「どけ!」
玲央の怒声が、部屋の空気を切り裂いた。彼が白石志乃に声を荒げたのは、これが初めてだった。
——診察室の外で、白石志乃の甘えた声が耳に届いた。
「ねえ、ちょっと……幻覚剤入れすぎたんじゃない?人前で恥をかかせるだけって言ってたよね?」
仲間の男が愉快そうに笑った。
「でもさ、ついでにいらないガキも処分できたなら、功績じゃない?玲央も感謝してるって」
「そうだよ、三年も経ってるのに、子どもなんかできたら厄介でしょ?月島澪を捨てるに捨てられなくなるじゃん」
長い沈黙の後、玲央がようやく低く言った。
「弄びはいい。でも、身体には絶対に触れるな」
その一言に、白石志乃は目を見開き、憤り混じりに詰め寄った。
「……誰が言ったの?『あのガリ勉女を天から地に叩き落としてやる』って。私のためにやるって言ったのはあなたよね?
月島澪を晒し者にして、私へのプレゼントにしようって。
……まさか、本気で彼女に惚れたの?」
「そんなわけない!」
玲央はまるで火でも触れたように叫んだ。
「僕が愛してるのは、君だけだ」
再び、外では笑い声が沸き上がる。第98回目の弄びは成功した。彼らは次の第99回について、楽しそうに相談していた。
私は自分の腹をそっと撫でた。もう命の気配はなく、痛みだけが残っていた。
——私は、子どもすら、彼らの悪ふざけの道具にされた。
涙を拭い、震える手で中絶手術の予約をキャンセルした。もはや私が選ぶまでもない。あの子の死は、すでに父親の手で決定されていたのだ。
父に電話しようとしたそのとき、玲央が病室に入ってきた。
私は目を閉じ、眠ったふりをした。
彼の掠れた声が、静かに耳に届いた。
「……澪、ごめん……」
理由など、聞かずともわかっていた。
退院の日、玲央は「みんなが謝りたい」と言い、清影山への登山を提案してきた。山頂の寺で、亡くなった子を供養しようと。
また何かの罠かもしれない。でも、あの子のことを思うと、心が動いた。
これが終わったら、私はフランスに行く。それならせめて、あの子と過ごす最後のひとときを。
登山の道中、彼らは白石志乃を中心に笑い合い、私はまるで存在しないかのように扱われた。
祈願の木の前で、玲央は祈祷札を買い、子どもへの言葉を一緒に書いた。
白石志乃が隣で、慈しむような声をかける。
「澪さん、本当にいいお母さんね」
私はその偽善に返事をせず、ただ祈願札を手にした。
木にはもう空きがほとんどなかった。私は身を乗り出し、枝の外側に札を掛けようとした。
その刹那——
背中を誰かに強く押された。
「きゃっ!」
私は防ぐ間もなく、急斜面を転がり落ちた。
世界がぐるぐると回り、鋭い痛みが全身を突き抜ける。
脚を強く打ち、身体が動かなくなった瞬間、意識は深い闇に沈んでいった。
そして、どこか遠くで、玲央の声が聞こえた。
「……お月ちゃん、怖くない。すぐに病院へ連れていく」
「……どうして……どうして、私にこんなことを……?」
涙が視界を曇らせ、声も震えていた。
痛みは、身体よりも心にあった。
玲央は目を赤く染め、かすれるような声で答えた。
「……こんなことになるなんて、知らなかった……本当に……知らなかった……」
その声を最後に、私は再び、意識を失った。
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