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百の嘘に愛を込めて第2話

この話は約1933字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

私は父に電話をかけた。

「一緒に、パリで暮らしたい」と伝えた。

母が亡くなってから五年——

父はずっと、ふたりが愛を誓ったあの場所で、静かに彼女の記憶と生きていた。

それなのに私は、玲央のためにすべてを置き去りにした。

留学の誘いを断り、ずっと国内にとどまり、父とはほとんど会えない年が続いた。

氷のような男を温め続ければ、いつか春が来ると信じていた。

けれど忘れていた。氷が溶けたあとは、肌を刺す冷たさしか残らないということを。

命を削るような真心は、結局ただの冗談だった。

私は彼が憧れの人——白石志乃を手に入れるために使った、滑稽なピエロに過ぎなかった。

電話越しの父は、嬉しそうに声を弾ませた。

「そうか……やっと分かってくれたんだな、私の大事な娘よ」

私は涙を飲み込んで、小さく頷くように返事をした。

「お父さん、出発のとき……飛行機事故を、偽装してほしい」

理由は語らずとも、父はただ静かに承諾してくれた。

飛行機事故——それは、玲央に贈る私からの最後の贈り物。

月島澪という名前を、一生、悔いとともに刻みつけるために。

スマートフォンの中のふたりの写真を、すべて削除した。荷造りのため帰宅すると、彼の金庫から一冊の革製ノートが滑り出た。

深緑のカバーには、ゲーム『山海の残焔』のフェニックスの紋章。

それは、私が36回の徹夜を重ねて生み出した初期ロゴだった。

そのノートには、これまで私が描いてきたすべてのデザイン原稿が綺麗に収められていた。

玲央が一枚ずつ、大切に集めてくれていたのだ。

「夢が叶いますように」と願いながら。

七ページ目で手が止まる。

眼鏡をかけてコードを打つ私の写真。その横に貼られた付箋。

【今日はプランナーにキレて、怒った猫みたいになってた。修正後の案は10倍良くなってたけど。こんな可愛い天才、他にいる?】

思い出す。

徹夜でデザインに打ち込んでいた夜、彼は何も言わずにそばにいて、マッサージをしてくれたり、夜食を作ってくれたりした。

「ケーキ食べたい」とつぶやけば、深夜でも買いに走ってくれた。

生理の時には、決まってハーブティーとホッカイロを用意してくれた。

もしあれが全部演技だったというのなら——

それでも彼は、その演技に、本気で沈んでいたように思えてならなかった。

最後のページには、去年の七夕の航空券の半券。

その余白には、彼の筆跡で、びっしりと文字が刻まれていた。

【もう一度やり直せるなら、やっぱりチケットを失くしたふりをして、空港で彼女と徹夜の企画修正をする。それが、白石志乃さんと約束した第72回の弄びゲームだから】

窓を叩く雨音が、やけに大きく響く。

すべての愛は、自己欺瞞の上に築かれていた。

彼は私を愛していたかもしれない。けれど、より深く愛していたのは白石志乃だった。

私はただの、怒りをぶつけるための存在だった。

私は震える指でスマホを手に取り、中絶手術の予約を入れた。

深夜。

私はベッドに横たわり、冷気をまとった彼が帰ってくる気配を感じながら、目を閉じたふりをした。

物音ひとつしない。まるで、彼が何かを感じ取ったかのように、部屋全体が静まり返っていた。

私が今回の「弄びゲーム」に乗らなかったことを、白石志乃や友人の前で彼はどんな顔で受け止めたのだろうか。

やがて、マットレスが沈み、温かな腕が私を抱きしめる。

玲央は、私の首筋に顔を埋めると、安堵したように息を吐いた。

「赤ちゃん、できたんだって……ね、お月ちゃん」

お月ちゃん——それは、彼が私だけにくれた特別な愛称だった。

「君は、空に浮かぶ月みたいに、僕だけをそっと照らしてくれる」と言っていた。私の名前にも、「月」の字が入っているからだ。

けれど、私は知っている。

彼は白石志乃たちの前では、「あれは適当に思いついた呼び名だよ。簡単に信じてくれて、ほんとウケる」と笑っていた。

恋に落ち、ただの恋愛脳になっていく私の姿を、面白がっていたのだ。

私は沈黙したまま。彼は、私がもうこの子を産まないと決めたことに、まだ気づいていない。

彼は、私の妊娠検査の紙を取り出し、そこに三つの小さなハートを描いた。

そのインクは、私が初任給で贈った万年筆のものだった。彼は、今でもそれを肌身離さず持ち歩いている。

私は応えなかった。彼はさらに私を抱き寄せ、甘い言葉を止めなかった。

けれど、私の心は真冬の氷の中——もう、何も感じなかった。

「眠い……寝よう」

そう言うと、彼はおとなしく口を閉じた。

「明日は、志乃さんの誕生日パーティーだ」

そう一言だけ残して、すぐに寝息を立てた。

私は一晩中、目を閉じることができなかった。

彼は「記憶喪失」という舞台を仕組み、私の三年間の真心を踏みにじった。

ならば今度は、私が「死を偽る」舞台を仕掛けてやる。

彼が、生涯悔やむように。

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