白く染まる悔恨第3話
この話は約2841字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
真白が目を覚ますと、安雄は病床のそばにいた。
「真白、やっと目を覚ましたか。どこか具合は悪くないか?」
彼女が目を開けるのを見るなり、安雄はすぐに身を寄せた。
「外に出たら、倒れている君を見つけたんだ。本当に肝を冷やしたよ」
彼の怯えたような表情を見ても、真白の視線は冷え切っていた。
「瑠花さんの熱は下がったの?」
安雄は言葉に詰まり、まだ答える前に、突然ボディーガードがドアを開けて入ってきた。
「社長、金井様のお薬を取ってきました」
――なるほど。瑠花の薬を取りに行ったついでに、こっちの見舞いをするだけだったか。
真白は自嘲気味に口角を上げ、胸の奥に鋭い痛みが広がった。
安雄はボディーガードに先に薬を持って帰るよう言った。そして、振り返って再びベッド脇に座り、真白の手を強く握った。
「瑠花はもう骨髄の適合者を探している。適合が見つかれば病気は治る。
瑠花が良くなったらすぐにここを離れるから、もう瑠花を傷つけないでくれ。いいな?」
真白は彼の目をじっと見つめ、そこにわずかな信頼を探そうとしたが、何も見つからなかった。
彼女は苦笑し、彼の目を見据えたまま、一言一句をかみしめるように言った。
「私は押していない。彼女が自分で落ちたの」
安雄の表情は変わらず、根気よく宥めるように言った。
「真白、ここにいたくない気持ちは分かる。でもそれは瑠花とは関係ない。
瑠花は、俺たちが離れられるように手助けしてくれているんだ」
真白は、彼の言外の意味を理解してしまった。
彼の言いたいことは、瑠花がそんなことをするはずがないということだ。
真白は悲しげに彼を見つめ、声を詰まらせた。
「つまり、あなたから見ては、私が悪い人間ということね?前は、ずっと私を信じるって言ったくせに……」
安雄は立ち上がり、怒りを帯びた声で言った。
「君が突き落としたんじゃなければ、瑠花が階段から落ちる理由があるのか?」
そう言うと彼は怒りを抑え、疲れた様子で眉間を揉んだ。
「瑠花が治ったら離れるって言っただろう。大人しくしてくれ。もう騒ぐな。
弁当を買ってくるから、ちゃんと休んでいろ」
病室のドアがバタンと閉まった。
真白は長い間、固く閉ざされたドアを見つめていた。
彼女は、まだ配達員だった頃のことを思い出した。
誰かが事情を知らずに動画を撮影してネットにアップし、彼女が老人にぶつかったと噂された。
どれだけ説明しても、誰一人信じてくれなかった。
毎日顔を合わせていた同僚でさえも信じなかった。
ただ一人、安雄だけが、何も聞かずに彼女のそばに立ち、永遠に信じると言ってくれた。
それなのに今、どれだけ説明しても、彼は彼女が悪いと決めつけている。
真白は視線を伏せ、溜まっていた涙がついにこぼれ落ちた。
1時間が過ぎても、安雄は来なかった。
代わりに届いたのは、瑠花からのメッセージだ。
【待たなくていいわ。安雄は今、私のために料理を作っているの】
写真には、エプロンをつけてキッチンに立つ安雄の姿が写っていた。
真白は思わずスマホを強く握りしめた。
安雄はもともと料理などしなかった。
一度、真白が仕事に追われて食事を忘れたことがあった。真白にちゃんと食べさせるために、安雄は料理を覚え、毎朝早く起きて弁当を作ってくれたのだ。
そのことに、今になってようやく気づいた。彼はもう、ずいぶん長い間、彼女のために料理をしていなかった。
――いつからだろう。たぶん、瑠花が病気になってから、少しずつすべてが変わり始めた。
胸を錐で突き刺されるような痛みが走り、涙が止まらなくなった。
真白はスマホの電源を切り、背を向けて布団に顔を埋めた。
翌日、退院した真白は新しい家には戻らず、以前住んでいた家へ向かった。
彼女の母の遺骨が、まだそこにあったからだ。
他のものはすべて捨てられても、それだけは必ず取り戻さなければならなかった。
別荘に入ると、真白はまっすぐ主寝室へ向かった。
だが、ドアの前で足が止まった。
寝室の中では、瑠花が、かつて真白と安雄が共に眠ったベッドに座り、安雄の胸に寄りかかっている。
瑠花は呼吸が苦しそうで、安雄の襟を強く掴み、途切れ途切れに言った。
「安雄……息が、少し苦しいの……人工呼吸、してくれない?」
真白は呆然と目を見開いた。
彼女は、安雄が一瞬ためらうのを見た。
そして次の瞬間、彼は瑠花の頭を支え、そのまま口づけをした。
部屋の中に、粘つく水音と荒い息遣いが響いた。
真白は足元がふらつき、二歩ほど後ずさりすると、口を押さえたまま、泣き声を堪えながら別荘を飛び出した。
彼女の体はまだ完全には回復しておらず、走るうちに転んで地面に倒れた。その痛みに、目元が赤く染まった。
かつて安雄が情を込めて自分にキスをした光景が、次々と脳裏をよぎり、最後に今しがた目にした場面で止まった。
真白の心は刃で切り裂かれるように痛んだ。息を吸うたびに苦さが込み上げ、泣き声が指の隙間から漏れ出た。
かつてのすべての甘い思い出は、今や彼女を切り刻む刃となっていた。
彼女は賭けに負けたのだ。完全に、徹底的に負けてしまった。
夜になって安雄が戻ると、家の中は真っ暗で、灯りをつけると、真白が背を向けたまま掃き出し窓の前に座っている。
その孤独な背中を見て、安雄の胸に、彼女が今にも消えてしまいそうな不安が込み上げた。
彼は歩み寄り、しゃがみ込んで彼女の両手を握りながら、見上げた。
「真白、退院したのにどうして言ってくれなかったんだ。迎えに行けたのに」
真白は視線を彼に向け、手に伝わる温もりを感じながらも、胸にあるのは冷え切った寒さだけだ。
「昨日、どこに行ってたの?」
安雄は一瞬言葉に詰まり、少し申し訳なさそうに口を開いた。
「瑠花の体調が急に悪くなって、呼ばれて……」
「医者じゃないでしょう。どうしてあなたが行くの?」
真白は無表情のまま遮り、彼の顔から一瞬の変化も見逃さないよう、じっと見つめた。
安雄は眉をひそめ、目に苛立ちを滲ませた。
「どういう意味だ?俺たちは君の病気を治すために戻ってきたんだ。
瑠花が分別のある人じゃなかったら、俺たちが簡単に離れられると思うか?
今は彼女が病気なんだ。俺が世話をするのは当然だろう」
真白は皮肉に口角を上げた。
――私のためだと?何もかもが私のためだというなら、瑠花とキスしたのも私のためなのだろうか。
心臓が蟻に食い荒らされるように、鋭い痛みが走った。
彼女はもう、目の前の人を理解できなかった。
彼はもはや、かつてのように彼女のために夜中の2時に薬を買いに走り、心を尽くして愛してくれる人ではなかった。
安雄は彼女の手を離して立ち上がり、眉を寄せたまま見下ろした。
「もういい、喧嘩はやめよう。俺が今していることは全部、俺たちの未来のためだ。君は大人しく待っていればいい」
真白はうつむき、瞳に浮かぶ悲しみと自嘲を隠した。
彼女はもう、待たない。
彼の言う未来に、二人が辿り着くことは、もう二度とない。
この会話も、結局はきちんと終わらないまま幕を下ろした。
なぜなら、瑠花の病状がまた「悪化」したからだ。
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