灰色の約束~裏切りの十年~第1話
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破産した後、アスリートだった夫は借金取りから私を庇い、その両足をへし折られた。
息子までも、耳が聞こえなくなった。
2人を治すため、私は一日に五つのバイトを掛け持ちする毎日を送っている。接待で胃から出血するほどお酒を飲んでも、一度も弱音を吐いたことはなかった。
そんなある日のこと。一晩で10万円を稼ごうと、ある財閥の結婚式でウェイトレスとして働いていた。
トレイを手に人混みを縫うように歩き、何度も頭を下げながら、客に飲み物やデザートを配って回る。
ふと、顔を上げた。
視線の先、チャペルの前方に、足が不自由なはずの夫が自分の足でしっかりと立っている。美しい花嫁を愛おしそうに抱き寄せ、キスを交わした。
* * *
破産した後、アスリートだった夫は借金取りから私を庇い、その両足をへし折られた。
息子までも、耳が聞こえなくなった。
2人を治すため、私は一日に五つのバイトを掛け持ちする毎日を送っている。接待で胃から出血するほどお酒を飲んでも、一度も弱音を吐いたことはなかった。
そんなある日のこと。一晩で10万円を稼ごうと、ある財閥の結婚式でウェイトレスとして働いていた。
トレイを手に人混みを縫うように歩き、何度も頭を下げながら、客に飲み物やデザートを配って回る。
ふと、顔を上げた。
視線の先、チャペルの前方に、足が不自由なはずの夫が自分の足でしっかりと立っている。美しい花嫁を愛おしそうに抱き寄せ、キスを交わした。
……
キスが終わって、神崎涼(かみざき りょう)は人混みの中にいる私に気づくと、その笑顔をみるみる凍りつかせた。
信じられない思いで見つめる私の声は、ひどく震えている。
「涼、病院で治療を受けているはずじゃ……」
視線を落として、ピンと伸びた両足を見ると、なんだか滑稽にさえ思えてきた。
1時間前まで、病院のベッドで弱々しく横たわって、最後の手術を待っていたはずなのに。
涼の整った顔に一瞬焦りが浮かび、大股でこちらへ歩み寄ってくる。
「ナナ、違うんだ。話を聞いてくれ」
私の手を強く握りしめ、きれいな瞳で縋るように見つめてくる。
付き合ってからの10年、こんな顔をされると、いつもならあっけなく絆されてしまっていた。でも今は、少しも心が揺れることはない。ただただ、全身が冷え切っていく。
涼が着ているのは、ブランド名すら分からないほどの上質なスーツ。私が買ってあげた3着2000円の特売Tシャツなんかより、よほどお坊ちゃんらしい気品を引き立てている。
手首にあるパテック・フィリップは、数千万円は下らない時計だ。私が10年働いても買えないような高級品なのに、今の彼にとってはただスーツの色に合わせただけの飾りにすぎない。
胸元に飾られた、結婚式の主役であることを示すブートニアがまぶしくて、まるで針が心臓に突き刺さるような痛みを感じた。
涼は私の視線に気づくと、慌ててブートニアをむしり取った。
「誤解しないでくれ。これはただの飾りで……」
そう言いながらも、目を合わせようとしない。こんな言い訳、自分でも信じていないだろう。
私はその手を振り払い、かすれた声で問い詰める。
「私がここで、一晩ウェイトレスをしていくらもらえるか、知ってる?」
10万円。寝る間も惜しんで働いてやっと手にするお金。それなのに、1円だって自分のためには使わず、すべて涼の治療代に消えていった。
結局、その雇い主が自分の夫だったなんて。皮肉にもほどがある。
涼もさすがに事の重大さに気づいたのか、うつむいたまま黙り込んだ。
「私をからかって、楽しかった?」
私はじっと見据え、必死に涙をこらえる。
「本当は大金持ちで、健康そのもののくせに。私のために両足を失った可哀想な男を演じて……私があなたのために寝る間も惜しんで働き、夢を叶えさせようと、必死で治そうとする姿を見て……
涼、あなたにはこころがないの?私のことはどうでもいいとしても、陸のことまで放っておけるの?あの子はまだ5歳なのよ……」
神崎陸(かみざき りく)は私たちの息子だ。昨日5歳になったばかりだが、この4年間、何の音も聞くことができずにいる。
医者は1000万円あればあの子の耳は治ると言った。私にとっては一生かかっても届かないような大金だけど、財閥の涼にとっては、なんてことのない金額だ。
なのに彼は、適切な治療を受けられず、陸が永遠に聞こえなくなるのをただ黙って見ている。これほど残酷な真似ができるのか。
「俺は……」
涼が何か言い訳をしようと口を開いた瞬間、一人の女性の声が響く。
「涼、どうしてこんなところにいるの?」
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