灰燼の先に咲く、私の夏第3話
この話は約1214字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
悠真が帰宅したとき、私は彼と美咲の名前が記された結婚招待状を、そっとローテーブルの上に戻しておいた。
ソファーに呆然と座り込んでいる私を見て、彼の瞳に一瞬だけ罪悪感がよぎった。そして私に近づき、手を伸ばして抱き寄せ、キスをしようとしてきた。
彼の体から消毒液の匂いだけでなく、甘ったるい薔薇の香水の匂いが漂ってきた。今日、病院で彼と美咲が情熱的に唇を交わしていた光景が脳裏に蘇り、ふいに激しい吐き気を覚えて、私は慌てて彼を突き飛ばした。
悠真の顔は途端に険しくなった。
「また始まったのか。いい加減にしてくれよ。
夏美、こっちは病院から帰ってきたばかりでひどく疲れてるんだ。わがままを言うのも大概にしろ」
行き場のない悲しみが胸を押し潰しそうで、呼吸をすることさえままならない。
そのあまりの息苦しさに、目頭が熱く焼けるようだった。
悠真はため息をつき、それ以上は何も言わなかった。
彼は書斎に長い間こもっていた。私はいつもなら、彼のためにみそ汁を作って届けていたが、その夜はそんな気にもなれず、ただベッドで固く丸まっていた。
翌朝、目が覚めると、悠真がコップ一杯のぬるま湯を運んできた。その口調は、何事もなかったかのように穏やかだった。
「君がどうしても嫌だと言うなら、この話はもうおしまいだ。ほら、温かいものでも飲んでシャキッとしなよ」
私は少し驚いた。
あの招待状にはもう美咲の名前が記されていたというのに、彼は彼女と結婚するのを諦めたのだろうか。
冷え切っていたはずの胸の奥に、ふと、場違いな期待が芽生えてしまった。
しかしその微かな期待は、私がぬるま湯を飲み、耐え難い睡魔に襲われた瞬間に跡形もなく消え去った。
悠真は水に細工をしていたのだ。
完全に意識を失う直前、悠真が私を抱き上げ、いたわるようにベッドへ横たえるのを感じた。
私の頬を伝う涙に気づいた彼は、それを丁寧に拭い去り、唇に軽くキスを落とすとため息をついた。
「夏美、君なら分かってくれるはずだ。この先……必ず君に償うから」
私はそのまま、深い闇の底へと沈んでいった。
鼻を突く焦げ臭い匂いで、ようやく朦朧とした意識が戻った。
炎の海はすでにキッチン全体に広がっていた。私は力が入らない体を必死に支え、水でずぶ濡れにした布団を被ると、鉛のように重い足を引きずり、ふらふらと部屋のドアへと向かった。
ドアノブを回す。
――開かない。
火災の熱のせいで、ドアノブはかなり熱くなっていた。
しかし、私の心は氷のように冷え切っていた。絶望と苦痛が、胸の内で狂ったように暴れ回っている。
悠真は、ドアを外から施錠していた。
心臓を締め付けるような痛みがじわじわと広がり、やがてそれは、完全な死の静寂へと変わった。
火の勢いは凄まじく、意識は遠のいていく。私はついに力尽き、その場に崩れ落ちた。サイレンの音、人々の悲鳴――そのすべてが真っ赤な炎の海に飲み込まれ、私の耳にはただ、パチパチと無情に燃え盛る火の音だけが響いていた。
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