灰燼の先に咲く、私の夏第2話
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「夏美」
悠真が苛立たしげに私を呼んだ。
私は我に返り、悠真の顔に浮かぶ苛立ちを見て、首を横に振った。
「悠真、それは承諾できないわ」
悠真は煩わしそうに髪を掻きむしった。
「夏美、美咲は病気なんだ。もう先が長くないのに、彼女の最後の願いすら叶えてやれないのか?
あの時、美咲がいなかったら……」
悠真の言葉が終わらないうちに、彼のスマホが鳴り出した。
電話の向こうからは、美咲の泣きじゃくる声が漏れ聞こえてくる。
「悠真、注射がすごく痛いの……ねえ、そばにいてくれない?」
悠真の顔から不機嫌な色は一瞬で消え去り、その表情は目に見えて和らいだ。彼は慈しむような声で、優しく美咲をなだめた。
「今すぐ行く。だから、怖がらないで」
私は彼の去っていく後ろ姿を見つめた。
そして、何かに取り憑かれたかのように、その後を追ってしまった。
鼻を突くような消毒液の匂いが漂う病院内で、私は悠真の足跡を追うようにして特別室の前までたどり着いた。ドアの隙間から中を覗き見ると、美咲が悠真の胸に顔を埋めているのが見えた。
美咲のすすり泣く声が、静かな廊下にまで漏れてくる。
「悠真の生活を邪魔しちゃいけないって分かってるわ。あなたはもう、夏美さんの隣で生きていくと決めた人なんだもの……でも、どうしても、自分を抑えきれなくて……
夏美さんに本当に申し訳ないと思ってるの。私のせいで、あなたが彼女と喧嘩することになっちゃったから」
悠真は愛おしそうに美咲の髪を撫でた。
「美咲、大丈夫だ。謝る必要なんてない。むしろ彼女が君に感謝すべきだよ。君があの時、いなくなっていなければ、彼女にプロポーズするつもりなんてなかったんだから」
美咲はさらに哀しげに泣き声を上げ、悠真の袖をぎゅっと掴んだ。
「後悔してるの。悠真、私って本当に最低な女ね。夏美さんがあなたの妻になるなんて、嫉妬で狂いそうになるの。
でもね悠真、夏美さんは何も悪くないわ。だから、もう私のことは放っておいて。あなたと結婚したいだなんて、所詮は分不相応な、ただの叶わぬ夢なんだから」
美咲がそう言い終わるか終わらないかのうちに、悠真は彼女を強く抱きしめた。
「夏美なら、きっと分かってくれる」
彼は一呼吸置いて、静かに付け加えた。
「……それに、それは俺にとってもずっと追いかけていた夢なんだ」
脈絡のない言葉だったが、私にはその意味が痛いほど分かったし、美咲も理解していた。
彼女は顔を上げ、涙を溜めた瞳で悠真を見つめると、その唇にそっと口づけを落とした。
「私、もうすぐ死ぬの……今だけは、わがままを許して」
悠真は彼女の後頭部を引き寄せ、そのキスをより深く、激しいものへと変えた。
胸が締め付けられ、息をすることさえ苦しい。美咲が現れるまで、私は彼からの愛を疑ったことなど一度もなかった。
理系人間の悠真は、一日の大半を研究室で過ごすような男で、気の利いたロマンチックな演出などとは無縁だった。
それでも彼は、私がマンゴーアレルギーであることを覚えていてくれたし、雷が怖いことも知っていてくれた。魚を食べる時は、いつも一番柔らかいお腹の身を私の皿に取り分けてくれた。
私が病に倒れた時は、寝る間も惜しんでずっとそばに寄り添ってくれた。
いつか、なんてことない平穏な朝に、彼が淡々とした口調で「夏美、そろそろ籍を入れに行こうか」と言ってくれるものだとばかり思っていた。
まさか悠真が、あんなに盛大なプロポーズをしてくれるとは思ってもみなかったのだ。
その喜びにすっかり舞い上がっていた私は、多くの細かな違和感を見落としていた。
私はバラが好きではないこと。
婚約指輪のサイズも、私の指には全く合っていなかったこと。
どうやって家に帰り着いたのか、記憶さえおぼつかない。
ローテーブルの上には、一通の招待状がひっそりと置かれていた。また悠真と口論になる直前にプランナーから届いたもので、まだ中を確認する余裕もなかったのだ。
明日は、私たちの結婚式だというのに。
それでも彼は、美咲の願いを叶えるために私に身を引かせることを諦めていなかった。
それどころか、今この瞬間も、彼は美咲のそばに寄り添っている。
頬は濡れていた。私は麻痺したように涙を拭い、招待状を手に取って開いた。
新郎――高橋悠真。
けれど、新婦の名前の欄には、あろうことか美咲の名前が記されていた。
手の中で羽を広げた蝶のような美しい招待状。それは、私が心を込めてデザインしたものだ。
記された式場も、私が悩み抜いて選んだ場所だ。
そしてこの結婚式は、私が悠真と付き合い始めてからずっと企画してきたものだった。
なのに、主役は私ではなかった。
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