和紙文深夜の救急現場に夫の不倫を目撃した話 · 第1話設定≡

深夜の救急現場に夫の不倫を目撃した話第1話

この話は約1500字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

深夜、病院で。

「車内で密会していた男女が、思わぬ事故で窒息しました。至急、現場に来てください!」

現場に駆けつけると目にしたのは、十年間連れ添った夫の姿だった。

意識を失っているにもかかわらず、彼はその女性を固く抱きしめ、その指には――私たちの結婚指輪が、冷たく光っている。

痛みと決別し、私は離婚を選んで新たな人生を踏み出した。一方、彼は社交界の笑いものにされている。

【由希絵はもう若いイケメンと結婚したってのに、あの「車内情事スキャンダル」の当事者、未だに自分が特別な存在だと思い込んでるんだって!】

* * *

深夜、病院で。

「車内で密会していた男女が、思わぬ事故で窒息しました。至急、現場に来てください!」

急いで現場に駆けつける。

到着した時、密閉された車のドアがちょうど開けられた。中の男女は周囲の目に晒された。

男の顔を見て、私・三ヶ島由希絵(みかしま ゆきえ)は雷に撃たれたように立ちすくんだ……

その顔の主は、今朝まで私の枕元で眠っていた。夫の田和好司(たわ こうじ)だ。

出勤前、彼は優しく私の襟元を整えながら言った。その穏やかな声が、未だに耳に残っている。

「由希絵、今夜は早く帰って。十周年の記念日だから」

そうだった……

今日は、あの一目惚れした少年と結ばれてから十年目の日。

お祝いすべき日だった。

この現場での処置を終えたら、すぐに家に帰って彼を抱きしめて、キスをしたい。これからも何十年も一緒に過ごしたいと伝えたい……そう思って胸を躍らせていた。

しかし今、目の前の光景は鋭い刃のように私の胸を貫いた。

違う……

全身が震え、目の前の現実を必死に否定しようとした。

そんなはずがない!これはきっと、好司に似ているだけの別人だ!!

だが次の瞬間、搬送の際にぐらりと動いた男の手――意識不明の中でも若い女性を抱きしめているその手に、結婚指輪がはめられている。私にとってあまりにも見慣れたあの結婚指輪だ。

それは、私の心を致命的に打ち砕いた。

「どうなさってるんですか! 急いでください!」

同僚に背中を押され、やっと我に返った。

そうだ、救急医として動かなければ。しかし視界は涙で曇り、足が地に着かない。

誰かに押されるように前に出た時、思わず足元がふらついて、一滴の涙が好司の顔に落ちた。どうして今のこの顔が、こんなにも他人みたいに見えるのでしょ……

震える手で二人を引き離し、機械的に好司の処置を始めた。

その時、半昏睡状態の彼が再びあわてて懐の女性を抱きしめ、口をもぐもぐと動かした。

「雪穂……寒いから……抱きしめてくれないか……

雪穂が、欲しい……

愛してる……」

頭から冷水を浴びせられたような衝撃が走った。

目を閉じると、眼球が焼けるように熱くて痛い。

私はばっと立ち上がり、青ざめた顔で背を向けた。

「三ヶ島先生、お顔色が悪いですよ。大丈夫ですか?」

同僚の声が遠く聞こえる。うなずくだけで精一杯だった。

「じゃあ早めにお帰りになったら? この二人は大したことなさそうですし、男の方はまだ愛の言葉を囁いてますしね」

その言葉は針のように胸に刺さった。私は何も言えず、追われるように現場を離れた。

……

真夜中の病院の医局。

私は壁に寄りかかり、涙が止まらなかった。

好司が昏睡中に呟いた「愛してる」――その一言が、私の心を射抜いた。

十年前。

私を見つめる彼の眼差しは、揺るぎないものだった。

「由希絵と出会って、初めて生きてるって実感できた。

君が光をくれた。愛することを教えてくれた。

一生、君だけを見つめ続ける。君以外の誰も見えない。

由希絵、愛してる」

――愛してる。

かつては、この言葉を心の奥深くにしまって大切にしていた。重く、尊いものだと思っていた。

縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)