消えた温もり、戻らぬ日々第2話
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梨央は実家に戻り、両親に離婚の事情を説明した。
夜になって自宅に戻ると、家には煌々と明かりが灯り、美味しそうな料理の匂いが漂ってきた。
悠樹の大きな声が聞こえてきた。「結衣さん、早くご飯食べようよ!パパがたくさん作ってくれたんだ!」
拓海も同調した。「結衣さん、パパが料理するの、僕たち初めて見たよ!早く食べてみて!」
梨央ははっとし、足が止まった。
前の人生で死ぬまで、時哉の作った料理を一度も食べたことがなかった。
梨央が産褥期で、数日間、家で食事を作る者がいなかった時でさえ、時哉は外の店で買ってきたものを彼女に食べさせるだけだった。
結衣は優しく笑いを含んだ声で言った。「時哉、私が魚が好きなこと覚えててくれたのね」
時哉の声は温かく、いつもの冷ややかさはなかった。「ずっと覚えていたよ。ほら、この部分を食べて。骨は取っておいたから」
梨央はまだその場に立ち尽くしていた。無意識のうちに、爪が手のひらに食い込んだ。
梨央は覚えている。時哉は魚が一番嫌いだった。
結婚したばかりの頃、梨央が自分の好物であるカレイの煮付けを作ると、時哉は途端に顔を曇らせ、席を立った。
梨央は驚き、必死になだめて、ようやく時哉が魚を見るのも嫌なほどに毛嫌いしていることを知った。
あの日、梨央は魚をゴミ箱に捨てることで、やっと時哉を食卓に戻すことができた。
それから十年、相良家の食卓に魚が出ることは二度となかった。
つまり、結衣が去ったからこそ、時哉は魚を見たくなかったというわけか……
「結衣、もっと食べるといい。熱が下がったばかりだから、しっかり栄養を摂らないと」
「パパ、僕、結衣さんのこと大好きだ!結衣さんに僕たちのママになってほしい!」
「そうだよ、パパ!僕、ママと一緒に住むのもう嫌だ!結衣さんと一緒に住みたい!」
梨央はもう聞いていられなかった。一歩後ずさり、踵を返してその場を去った。
空からは土砂降りの雨が、容赦なく梨央の体を叩きつけてきた。それに呼応するように、忘れたはずの記憶が次々と蘇り、彼女を打ちのめした。
前世、時哉との六十年にわたる結婚生活は死ぬ時まで、梨央が幸福を感じることは一度もなかった。
時哉の心の中にはずっと年少の頃の初恋の相手、結衣がいたからだ。
梨央と時哉は同じ町で育った、生まれた時からの幼馴染だった。
十三歳で恋に目覚めた梨央は、町で最もハンサムで優秀だった時哉に夢中になった。
だが、その時の時哉のそばには、すでに結衣という初恋の相手がいた。
二人は数年間付き合い、大学卒業の時、結衣が突然海外へ留学すると言い出した。
時哉は数年間待ち続けたが、待っていたのは結衣からの別れの手紙だった。その年、時哉は二十五歳。失意の底で、誰かと結婚することに同意した。
ずっと相良家を見守っていた梨央は真っ先に彼に駆け寄って告白し、自分を売り込んだ。
時哉の感情の起伏のない冷淡な眼差しを、梨央は永遠に忘れない。「僕の心には決まった人がいる。それでもいいか、よく考えたか?」
梨央は必死に頷いた。自分の愛さえあれば、いつか彼の心にも届くと信じて疑わなかった。
だが、結婚後、梨央が何をしても、返ってくるのは時哉の冷淡さと疎外感だけだった。
結衣が帰国して初めて梨央は愛があるかないかは、これほどまでに明白なのだと知った。
前世では、彼はついに離婚を切り出すことはなかった。妻の座は梨央に残したものの、その心はすべて結衣のものだった。
二人の息子たちも時哉とそっくりで、梨央に対してますます冷淡になっていった。
梨央は彼らがいつか自分にも関心を寄せてくれることを待ち望み、そうしているうちに一生が終わってしまった。
梨央の晩年は介護医療院で過ごした。体が不自由になっても、家族が見舞いに来ることはなく、介護医療院の介護士に日常的に放置された。
時哉と二人の子供たちに何度も電話をかけたが、彼らはいつも「忙しい」と言い、梨央に会う時間は永遠になかった。
後には、電話に出てさえくれなくなった。
死が訪れようとしていた時、梨央は隣室の電話を借りて時哉に電話をかけた。
時哉は「もしもし」と言い、電話を切り忘れたのか、そのままになっていた。
電話のこちら側で、梨央は時哉が息子や孫、ひ孫たちと一緒に結衣の誕生日を祝っている声を聞いた。
なんて、賑やかなんだろう……
とうに濁り切って乾いていたはずの梨央の目から、それでも涙が流れ落ちた。
最後の瞬間、梨央は思った。もし神様がもう一度チャンスをくれるなら、必ず自分自身を大切にしよう。二度と時哉のために、自分の一生を犠牲にしたりしない。
梨央は道端のベンチで長い時間座っていた。家に戻ると、誰もいなかった。食卓の上は食後の食器が散らかったまま放置されていた。
梨央はそれに一瞥をくれると、まっすぐ通り過ぎた。
化粧台の上にサイン済みの離婚届が置いてあった。梨央は時哉のまるで踊るような勢いのあるサインを見て、心がふっと軽くなるのを感じた。
六十年もの間、自分を縛り付けてきた呪縛。今、ようやくそれから解放されるのだ。
離婚届をしまい込んだところで、部屋のドアが乱暴に開けられた。
「ママって本当に怠け者だ!食卓があんなに散らかってるのに、どうして片付けないんだよ!」
兄の悠樹が梨央を睨みつけた。弟の拓海も眉をひそめて非難した。「ケチ!僕たちが結衣さんとご飯食べてるのを見て、勝手に出て行っちゃうし、今度はわざと片付けないんだ!」
時哉の眼差しはいつものように冷淡だった。「たかが一度の食事で、何をむきになっているんだ。自分の本分を忘れるな」
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