気づいたとき、その船はもう遠くに第3話
この話は約1103字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
三人は焼肉屋に到着した。
以前は、裕蔵が自分で肉を焼いて、春妃の皿に盛ってくれていた。
でも今日は、焼き上がった上等なカルビを、無意識に奈々の皿に置いた。
最後の一枚までも奈々の皿に置いた時、ようやく春妃に目を向け、気づいたように言った。
「もう一皿頼んでこようか?」
「いい」
春妃は淡々と答えた。
「ダイエット中だから」
競泳界に戻る予定だから、食事には気を使わなければならなかった。
奈々は話に割り込む。
「春妃ちゃん、知ってる?裕蔵さん、実は姉と結婚するはずだったんだよ。でも、八年前に姉が亡くなって、今は家族になれなかったんだ……」
春妃の手がふと止まった。
奈々は、遥の妹だったのか。
裕蔵は眉をひそめ、低い声で警告した。
「奈々」
でも、奈々は気にせず話し続けた。
「春妃ちゃん、姉にちょっと似てるよ。ほら、見て」
奈々はスマホを取り出して、春妃の前に差し出した。
写真が次々に切り替わり、春妃の顔色が次第に青ざめていった。
――自分が遥の身替わりだとわかっていたが、実際に見せられて、初めて気づいた。
裕蔵が自分に選ばせた髪型、服、リップ。
それらはすべて、遥が以前していたものだった。
裕蔵はとうとう我慢できず、手に持っていた箸を音を立てて置いた。
「夏、何をしてんの?」
奈々はスマホを下ろし、春妃に向かって舌を出した。
「ごめんね、春妃ちゃん。あ、夏は私の幼名だよ。姉も私も、季節にちなんだ幼名なんだ。私は夏、姉は春」
ガタン。
春妃の箸がついに落ちた。
裕蔵が自分と親しくするたびに、呼んでいた「春」という名前。
ずっと、名前の「春妃」にちなんだ愛称だと思っていた。
でも今、ようやくわかった。
裕蔵が呼んでいたのは自分ではなく、遥だったんだ。
「……用事を思い出した、お先に」
春妃は立ち上がり、離れようとした。
しかし、奈々が彼女を引き止めた。
「春妃ちゃん……」
春妃は軽く手を振り払った。
その動作は優しく見えたが、奈々は「わっ!」と声を上げて倒れてしまった。
「奈々!」
裕蔵の顔色が一変し、すぐに春妃を押しのけ、奈々に駆け寄った。
ガシャーン!
春妃は焼けた鉄板に倒れてしまった。
焼けた鉄板に肌が触れ、激しい痛みが走り、ジリジリと不気味な音がした。
裕蔵は奈々を支えながら、いつもの冷静な顔が見せないほど慌てていた。
「奈々、大丈夫か?」
奈々は泣きながら言った。
「裕蔵さん……指が焼けちゃった。痛いよ!」
見ると、彼女の人差し指も鉄板に触れ、軽く赤くなっていた。
「病院に行こう!」
裕蔵は迷うことなく立ち上がり、春妃のことには全く気づかず、奈々を連れて外へ向かっていった。
春妃はうつむき、冷笑した。
――やっぱり、遥の「身替わり」は遥の妹にはかなわないんだな……
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