毒家族を捨てた専業主婦、最高の幸せを掴む第3話
この話は約1767字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
結衣の怒涛のまくしたてに、私は何も言い返すことができず、ただ黙り込んだ。
彼女の言う通りだ。
忘れるはずがない。交際して三年、拓海からプロポーズされた日のことを。
私が涙を流して頷いた直後、彼は「起業のためにお金を貸してほしい」と切り出してきたのだ。
当時の私は彼にすっかり依存し、盲目になっていたため、警戒心など微塵もなかった。
他の誰でもなく私を頼ってくれたのだから、それは私が一番愛され、信頼されている証拠に違いない。
そんなふうに、自分にとって都合のいい、愚かで痛々しい勘違いをしていたのだ。
だから、結衣たちにどれだけ止められても、どれだけ「騙されてる」と呆れられても、私は全てのお金を彼に渡した。
ファミレスでの惨めな結婚祝いも、彼が「起業の初期で苦しいから、少しだけ我慢してくれ」と泣きついてきたからだ。
「成功したら、必ずお姫様みたいな最高の結婚式を挙げてやる。世界中のみんなに、俺たちの永遠の愛を証明しよう」
そんな甘い毒のような言葉を、当時の私は疑いもせず、ただただ信じきっていた。
結婚してまだ一ヶ月も経たないうちに、拓海は意気揚々と起業に乗り出した。
素人が急に手を出して成功するほど甘い世界じゃないと、私は必死に止めた。
けれど彼は、「大学の後輩である澄香の実家が手掛けているプロジェクトだから、便乗すれば絶対に儲かる」と言って聞かなかった。
結果は惨憺たるものだった。
わずか三ヶ月で、私たちの結婚資金も貯金も、文字通り一円残らず綺麗に吹き飛んだのだ。
その直後こそ、拓海はひどく落ち込み、私の顔色ばかりを窺って、地べたに這いつくばるように謝罪してきた。
軽率な彼への怒りはもちろんあった。けれど、夫婦になった以上、ここで見捨てるわけにはいかない。
私は結局、ほだされて彼を許してしまった。
お金はなくなったが、生きていくためには生活費が要る。
それでも拓海はプライドが邪魔をするのかバイトすらしようとせず、私たちは私が正社員として稼ぐわずかな手取りだけで食いつなぐ羽目になった。
だから私は、「生活が安定するまでは絶対に子供は作らない」と宣言した。
当然、夜の生活でもきっちりと避妊するように求めた。
拓海は分かったと素直に頷いていた。
……まさかその裏で、彼がコンドームに針で穴を空けるという最低な工作をしていたなんて、当時の私は夢にも思っていなかった。
それから半年後。
体調不良で病院を受診した私が妊娠を告げられた時、真っ先に脳裏をよぎったのは「絶対に産めない」という絶望だった。
私が堕胎を口にすると、拓海は涙ながらに私の手を握りしめ、こう訴えかけた。
「雨音、お金がないのは分かってる。でも、俺はどうしても君との子供が欲しいんだ!
確かに子育てには莫大なお金がかかる。だから……」
そこで突然、拓海は声のトーンを変え、本当の狙いを口にした。
「実は最近、澄香が確実なビジネスの話を持ちかけてくれたんだ。俺も一枚噛みたい。
雨音が正社員の信用枠を使って、三百万円か四百万円ほど銀行から融資を引っ張ってきてくれないか?
俺が責任を持って絶対に返す!もし失敗したら、その時は腹を切って死ぬ!
だからお願いだ、もう一度だけ俺の起業を応援してくれ!
俺だってこんな貧乏生活はうんざりなんだ!生まれてくる俺たちの子に、こんな惨めな思いをさせたくないだろ!?」
あまりにも身勝手な要求に、私は当然、きっぱりと拒絶した。
貯金ゼロ、むしろマイナスになりかけているこの小さな家庭に、これ以上の借金を背負う余裕などあるはずがない。
しかし、拓海は卑怯だった。
「だったらいいよ。裏社会のヤミ金から借りてくる。リスクを背負ってでも、俺は君や子供に貧しい生活をさせたくないんだ!」
そう言って、命を粗末にするような脅し文句で私を追い詰めたのだ。
彼が本当にヤミ金に手を出して破滅するのを恐れた私は、またしても折れてしまった。
結局、自分の信用枠を限度額まで使い切り、三百六十万円という大金を彼に手渡したのだった……
……
私は深く息を吐き出した。
本気で私のことを心配してくれている結衣と、これ以上言い争う気にはなれなかった。
「結衣……私、もう本当に疲れたの。これ以上、あの人たちに関わって心をすり減らしたくない」
絞り出すようにそうこぼすと、電話越しの結衣は痛ましそうに息を呑み、それ以上何も言わなくなった。
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