母の死を境に、私は愛という名の檻から逃げ出した第3話
この話は約1709字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
小さなスーツケースを引きずりながら、私はマーガレット教授のもとを訪ねた。
教授は母の旧友だ。
私が考古学の修士課程を諦め、アントニオと結婚すると決めた時、彼女だけが激しく反対した。
結婚式の日、彼女は来なかった。
代わりに、こんなメッセージを送ってきた。
【イザベラが失うものは、得るものよりずっと多い。籠の鳥でいる日々に嫌気が差したら、険しくても自由な道があることを忘れないで】
――まるで予言だった。
結婚したばかりの頃、アントニオの支配欲はまだここまで強くなかった。
彼は私を様々なパーティーに連れて行ってくれた。
けれど、誰かがほんの少しでも私を長く見ただけで、彼の目が沈み――
それ以降、二度と私を連れて行くことはなくなった。
そしてエレナが「わたくしが面倒を見ます」と言い出してから、私は完全に自由を失った。
ドアが開く。
質素な私の姿を見て、教授の目に一瞬で理解の色が浮かんだ。
「入りなさい、イザベラ」体を横にずらして道を開ける。「ちょうどコーヒーを淹れたところよ」
その一言で、涙が一気に溢れ出した。
私が落ち着くのを待ってから、教授はゆっくりと口を開く。「古城跡で新たな遺構が見つかったの。チームに助手が足りないわ」
私は勢いよく顔を上げた。「それって……チャンスをくださるんですか?」
「条件はひとつ。専門知識が錆びついていないこと。優雅な奥様を連れて発掘するつもりはないわよ」
「できます!」思わず叫んでいた。「本当に、やれます!」
教授はようやく微笑んだ。「いいわ。装備を受け取って。明日出発よ」
……
古城の太陽は、焼けつくように強烈だった。
私は発掘現場で膝をつき、慎重に石畳の表面を削り出していく。
額から流れ落ちる汗が、土埃と混ざって頬に張りつく。
その時、背後から、甲高い声が響いた。
「やだ、イザベラ?本当にあなたなの?」
全身がこわばる。
振り返ると、シャネルのスーツに身を包んだエレナが、スカーフで鼻を押さえながら、汚れた私を露骨に嫌悪の目で見ていた。
「なるほどね。家出なんて大それたことをしたと思えば、こんな落ちぶれた場所で、死人の骨を掘る連中とつるんでたの?」
チームの空気が一瞬で凍りつく。
私は立ち上がり、仲間たちの前に出た。「エレナ、あんた犬なの?どこでも嗅ぎつけてついてくるのね」
彼女の顔が一気に赤くなる。言い返そうとした、その瞬間――
背後から、ひときわ大きな影が現れた。
アントニオ。
ラフなジャケット姿で、まるで休暇でも楽しみに来たかのようだ。
泥だらけの私の顔を見て、彼の目に一瞬、驚きが走る。
「どういうことだ?」エレナに問いかけながら、視線は私から離れない。
エレナは瞬時に表情を変え、目を潤ませた。「ドン……まさか奥様がどこからか私たちの予定を知って、ここまで追いかけてくるなんて……説得しようとしたら、ひどいことを言われて……」
アントニオは眉をひそめ、私を見下ろす。「俺から離れて、こんな生活か?もし俺を追ってきて仲直りしたいなら、まずエレナへの無礼を詫びろ」
「謝罪?」私はエレナを指差し、鼻で笑った。「愛人の座を狙って、私を散々苦しめたビッチに?一生ありえないわ」
アントニオの表情が一瞬で歪む。「頭でもおかしくなったのか?ここまで追ってきておいて、何を強がってる。これだけ家を空けて、母親の命すら気にしないのか?」
熱風が頬を打つ。なのに、体の芯は冷え切っていた。
私は自分でも驚くほど静かな声で言う。「もういいわ。どうせ先週、死んだから」
彼は反射的に否定した。「先週の診療記録では何の問題もなかった。いつまでその嘘を続けるつもりだ?」
私が振り返りもしないのを見て、彼は歯を食いしばる。「いいだろう。どうやら教育が足りなかったらしいな」
そう言って、すぐに電話をかけた。「ルカ、イザベラの母親への治療をすべて打ち切れ」
あまりにも早い動作で、彼はエレナの顔色が変わったことに気づかなかった。
「ドン、それは……やめた方が……」
「黙れ」彼は遮る。「痛い目を見なければ分からないようだ」
通話の向こうから、戸惑った声が返ってきた。「ドン……奥様のお母様は、先週すでに亡くなっていますが」
アントニオはその場で凍りついた。「……何だと?」
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