和紙文母の死を境に、私は愛という名の檻から逃げ出した · 第1話設定≡

母の死を境に、私は愛という名の檻から逃げ出した第1話

この話は約2984字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

アントニオは、私がもう一週間も彼に金を求めていないことに気づいた。

珍しく、彼はメッセージを送ってきた。

【いい子だ、やっと「ドンの妻」としての振る舞いが分かってきたな。お前の母親の今週分の薬はもう手配してある。

大人しくしていれば――欲しいものは何でも与えてやる】

――そのメッセージを受け取った時、私は離婚協議書を印刷していた。

身にまとっているのは、三年前の古いワンピースだった。

外では華やかに見える「ドンの妻」が、実際にはタンポン一つ買うにも、彼のコンシリエーレであるエレナに金を申請しなければならないなんて――

誰が信じるだろう。

外出するにも、三日前から申請が必要だった。

アントニオはいつも言っていた。「外は危険だ、ベイビー。お前は家で大人しくしていればいい」

――けれど、一週間前。

母が危篤になった時、私はエレナに頼んだ。正式な申請なしで、外に出させてほしいと。

それでもエレナは、母が息を引き取るまで、頑として許可を出さなかった。

延命のための薬?

――母はもう、いない。

だから私は、もう二度と耐えたりしない。

* * *

「離婚よ、アントニオ。書類にはもうサインしてあるわ」

私は離婚協議書をアントニオのデスクの上に置いた。

「ふざけるな」彼は私を一瞥もせず、視線を報告書に落としたまま言う。「今夜は接待がある。こんな遊びに付き合ってる暇はない」

「ふざけてない」私は一語一語を噛みしめるように言う。「離婚したいの」

彼はようやく顔を上げ、不機嫌そうに眉をひそめた。「こういう冗談は好きじゃない」

数人の部下が空気を読んで部屋を出ていく。

去り際、彼らが私に向けたのは、どこか憐れむような視線だった。

「冗談じゃないわ」拳を握りしめ、無理やり彼の目をまっすぐ見据える。

アントニオは立ち上がった。

高い背が覆いかぶさるように迫り、香水と葉巻の匂いが混ざって、喉がきゅっと締めつけられる。

「ベイビー」彼は私の腰を抱き寄せ、耳元に唇を寄せる。「お前の母親の薬、1錠1000ドルだ。1日6錠必要なんだろう?俺と別れて、彼女を死なせる気か?」

歯がきしむほど、奥歯を噛み締めた。

かつてはあれほど惹かれていた彼の強引さが、今は吐き気がするほど嫌いだ。

「もうあなたの薬はいらない!」彼を突き飛ばし、ほとんど叫ぶ。「母は亡くなったの。だからサインして!」

その瞬間、彼の目が陰った。「そんな理由で俺を騙すつもりか?今朝、エレナが『お前の母親が散歩してる動画』を見せてきたぞ」

思わず目を見開き、否定しようとしたその時――

扉の前に彼のコンシリエーレであるエレナが現れた。

「ドン、そろそろお時間です」

彼は即座に踵を返し、出ていく。

投げ捨てるように言い残した。「くだらない真似はやめろ。戻ってから話す」

話すはずがない。彼にとってこれは、私の「くだらない感情的な騒ぎ」のひとつにすぎない。

どうせ四時間もしないうちに、私が折れて謝りに来ると思っている。

実際、以前の私はそうだった。

彼の機嫌を損ねて母の薬を止められるのが怖くて、どんな要求にも笑って頷いた。

面と向かって「意気地なしみたいね」と嘲られても、聞こえないふりができた。

でも、今回は違う。

もし一週間前、彼があの電話で私の話を最後まで聞いてくれていたなら、私はまだ「これが愛だ」と自分を騙し続けていたかもしれない。

けれど、あの時、私がやっとの思いで口を開いた瞬間、エレナに電話を奪われた。

「奥様、また今季のジュエリーを買いにお出かけですか?でも最近は物騒ですし、銃も撃てないのに外出はお控えになった方が……ドンにご迷惑ですよ?」

「違うの!母が――」

「お母様の容体は良好です」彼女はやわらかく、しかし容赦なく遮った。「本日わたくし自らお見舞いに行きましたが、食欲もおありでした。外出の口実にお母様を使うのは、さすがによろしくないのでは?」

けれど、介護人がこっそり送ってきた写真では、母の容体は明らかに悪化し、今にも危ない状態だった。

説明しようとした瞬間、アントニオが苛立たしげに遮る。

「もういい、イザベラ。忙しいんだ。嘘を聞いてる暇はない。どうせ遊びに出るための口実だろ。前は歯が痛いと言い、今回は母親を使うのか?

エレナの指示に従え。彼女が一番プロだ。お前の面倒もちゃんと見てくれる」

それが、彼の「対応」だった。

私はドンの妻なのに、タンポン一つ買うにもエレナの許可が必要だった。

外出なんて、言うまでもない。

彼女はいつだって理由をつけて却下する。

「外出理由としては不十分です。親知らずなら鎮痛剤で対応してください」

「農薬を食べてしまった子猫を助けた?それは管轄外です」

「タンポン?メイドから借りればよろしいでしょう」

あの親知らずは、結局曲がって生えたまま放置された。

子猫は私の掌の中で息を引き取った。

屋敷のメイドたちは、いつも哀れむような目で私を見る。

アントニオは毎シーズン、ドレスや宝石を欠かさず別荘に送ってくる。それだけは一度も遅れたことがない。

けれど、それらはすべて鍵付きのクローゼットにしまわれ、私は触れることすら許されない。

滑稽だ。

母が死にかけている時、私は二万字にも及ぶ外出申請書を書いていた。

エレナは一秒で却下した。「外出は三営業日前までに申請が必要です。三日お待ちください」

私は泣きながら縋った。「二時間でいいの、お願い……母が、本当にもう……」

彼女は微笑んだ。

「そうですか。でも、人は死ぬ時は死ぬものです。奥様が会いに行っても結果は同じですよ。

わたくしは奥様の管理責任を負っています。正当な理由がない限り、外出は許可できません」

アントニオに電話をかけても、すべて拒否された。

三日。五日。七日。

そして最後に介護人から、母の遺体の写真が送られてきた。

もしこれまでが「保護」で、「愛」だと自分に言い聞かせられていたとしても。

――もう終わりだ。

母は死んだ。

ならば、私はなぜこの檻から逃げない?

込み上げる涙を押し殺し、回想を断ち切る。

そして荷造りを始めた。

その時、スマホが光る。アントニオからの通知だった。

転送されたのはエレナのSNS投稿。

彼の隣でグラスを掲げ、契約成立を祝っている写真。キャプションは【ボスとの日常業務】だった。

私が何か言う前に、彼からメッセージが届く。

【エレナの投稿は見たか?余計なことは考えるな。何度も言うが、俺たちはただの上司と部下だ。最近はファミリーのイメージ改善中だ。ファミリーのコンシリエーレと妻が不仲だと思われたくない】

エレナのことになると、いつもこうだ。

私は本当は返すつもりはなかった。けれど、胸の奥の澱んだ感情が消えない。

もう何も失うものなんてない。

私は冷笑し、その投稿にコメントした。

【どのファミリーもエレナのようなコンシリエーレを雇うべきね。ドンナの人身の自由まで制限して、小さな承認権をここまで極められるんだから。

将来エレナがドンナになっても、その公平さをご自分にも適用してほしいわ】

送信した瞬間、胸のつかえが少しだけ取れた。

最後に残った、地味なワンピースをスーツケースに押し込む。

似合いもしないドレス。監視カメラだらけのこの豪邸。アントニオの「愛」という名の支配。

――もう、私を縛ることはできない。

その時、スマホが震えた。アントニオからの着信。

私はそのまま切った。

母が息を引き取る前、彼が私の電話を切ったのと同じように、あっさりと。

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