和紙文朝夕、別れを語る · 第3話設定≡

朝夕、別れを語る第3話

この話は約1688字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。

辰昭はその夜、徹夜で帰らなかった。

梨花は広いリビングにひとりきりで座り、夜明けから真昼過ぎまで、ただじっと待ち続けていた。

そのとき、SNSの通知音が鳴った。

【人気画家・九条辰昭、妹弟子のイベントにサプライズ参戦!師弟愛にファン感涙!】

梨花は自嘲気味に薄く笑った。

やっぱりね。

もうこれ以上待っても意味がないと悟った彼女は、ひとりで母の墓へ向かった。

道中でリシアンサスの花束をひとつ買い、墓前では丁寧に墓石の埃を拭き、花を供え、そっと身を寄せるように座り込んだ。

まるで、こうしていれば、母の温かな腕に抱かれているような気がした。

夜になってようやく辰昭が帰宅した。

梨花がまだ起きていたのを見て、声をかけようとしたそのとき、彼女のカバンの中から線香がはみ出しているのに気づいた。

その瞬間、ようやく今日が梨花の母親の命日であったことを思い出し、辰昭の目の色が変わった。

「梨花ちゃん、ごめん……今日はどうしても抜けられなくて……すべて僕が悪い」

取り乱したように彼は彼女の頬に触れ、慣れた動作で梨花の涙ぼくろを撫でた。

だが梨花の目には、彼の耳の後ろ、髪の下にうっすらと残るキスマークが映っていた。

彼女は静かに彼を押しのけ、「大丈夫」とだけ口にした。

辰昭は機嫌を取るように、翌日、ふたりの肖像画を描かせようと言い出した。

「完成したら写真に撮って、お義母さんの墓前に供えよう。安心してもらえるように」

断ろうとした梨花は、彼の押し切るような視線に負け、しぶしぶ頷いた。

翌朝十時、約束していた画家がやってきた。

「梨花さん、初めまして。唯稚子です、辰昭さんの……妹弟子です」

辰昭の顔にわずかな動揺が走った。手配した画家は彼女ではないはずだった。

「山本先生が今日は都合が悪くて、代わりに私が来ます」

唯稚子は梨花をじっと見つめながら、意味ありげに笑った。

「梨花さん、誰かに言われたことありますか?梨花さんは、私の姉とそっくりだって。

姉も、ここに涙ぼくろがありますよ。

でも違うのはね……姉のは本物で、梨花さんのは……描いたものですよね?」

その言葉を聞いた瞬間、辰昭の表情が険しくなった。

「唯稚子、言いすぎだ。僕の心の中で、誰よりも大事なのは梨花だ」

一瞬、唯稚子の動きが止まった。だがすぐに辰昭に舌を出し、変顔をした。

「も~う、冗談だってば」

そう言って、片腕を梨花の腕に絡め、そのまま画室へと行った。

だがもう一方の手は背中に回され、辰昭の手のひらをなぞるように指で円を描きながら、色っぽい視線を送っていた。

「辰昭さん、このポーズじゃダメだよ~」

描き始めて間もなく、唯稚子は突然筆を置き、辰昭の元へ近寄った。

片手で彼の頬を撫で、もう片手で胸から喉仏、そして肩へと這わせていった。

辰昭の耳元に口を寄せ、ふうっと熱い息を吹きかけた。

「辰昭さん、なんでそんなに固くなってるの?」

辰昭の目つきが一瞬で鋭くなった。

その様子を目の端で捉えた梨花は、心の奥がじくじくと痛み出し、視線を逸らすことしかできなかった。

わずか数分後、唯稚子は再び「梨花さんがもっと愛情込めて」と言ってきた。

「梨花さん、見ててね、お手本を見せます」

そう言って彼女は梨花を押しのけ、辰昭のネクタイを掴んでぐっと引き寄せた。

豊かな胸が辰昭の体に密着し、指先で彼の唇の端をなぞるように触れたかと思えば、挑発するようにキスを落とした。

そして梨花の方を振り返り、挑発的に首を傾けた。

「梨花さん、分りましたか?」

辰昭は梨花の様子を窺いながら、言い訳のように口を開いた。

「芸術をやってる人って、ちょっと距離感が甘くなるんだよ……」

梨花は何も言わず、震える手を懸命に抑えながら、「…失礼します」とだけ囁くように言うと、その場を離れた。

しばらくして戻ってくると、画室から女の吐息まじりの声が漏れ聞こえてきた。

「辰昭さん、ダメぇ……もう壊れちゃうよ……」

女性の片脚が男の引き締まった腰に絡みつき、背中は窓際のカウンターに押し付けられ、彼の動きに合わせて身体が揺れていた。

辰昭の目は血走り、まるで獣のようにその唇を貪っていた。

「わざわざ家まで来て……こうされたいんだろ?」

縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)

第4話は公式アプリで

当サイトでの試し読みはここまでです。アプリをインストールし、下のアプリ用コードを入力すると、この作品の第4話からそのまま読み進められます。

R85904
  1. 下のボタンから公式アプリをインストールします(無料)。
  2. アプリを開き、「コードを入力」にこのコードを入れると、この作品が本棚に入ります。
iPhone・iPad
で入手
Android
で入手

アプリで第4話を読む

作品ページへ戻る 当サイトに掲載しているのは試し読みの章だけです。