朝夕、別れを語る第1話
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【九条奥さん、十日後に放火で偽装死をご計画の件、弊社への正式なご依頼ということで、よろしいでしょうか?】
このメッセージに、清水梨花(しみず りか)はしばらく言葉を失い、返答しようとしたその時、急にビデオ通話がかかってきた。
「梨花さん、見て!辰昭さんがまたあなたのために大奮発してるよ!」
画面に映し出されたのは、今まさに進行中のオークション会場だった。
前列に座る、気品と見栄えを兼ね備えた一人の貴公子が、何のためらいもなく、次々と数億の骨董品を落札している。
会場内は早くも沸き立っていた。
「九条家の御曹司、奥さんに本当に尽くしてるな。笑顔が見たいだけで、こんなに骨董を買うなんて」
「八十億なんて、彼にとっちゃ端金さね。聞いた話だと、九条さんは奥さんのために梨花荘って邸宅まで建てたらしいぞ。名前だけで、どれだけ奥さんを愛してるか、伝わってくるよな」
その隣で、一人の富豪が鼻で笑った。
「見せかけだけだよ。どうせ裏じゃ、女遊びしてるんだろう」
その一言に、すぐに非難の声が飛び交った。
誰もが九条家の御曹司の溺愛ぶりを語っている。
その囁きに耳を傾けながら、梨花はふっと苦笑した。
* * *
【九条奥さん、十日後に放火で偽装死をご計画の件、弊社への正式なご依頼ということで、よろしいでしょうか?】
このメッセージに、清水梨花(しみず りか)はしばらく言葉を失い、返答しようとしたその時、急にビデオ通話がかかってきた。
「梨花さん、見て!辰昭さんがまたあなたのために大奮発してるよ!」
画面に映し出されたのは、今まさに進行中のオークション会場だった。
前列に座る、気品と見栄えを兼ね備えた一人の貴公子が、何のためらいもなく、次々と数億の骨董品を落札している。
会場内は早くも沸き立っていた。
「九条家の御曹司、奥さんに本当に尽くしてるな。笑顔が見たいだけで、こんなに骨董を買うなんて」
「八十億なんて、彼にとっちゃ端金さね。聞いた話だと、九条さんは奥さんのために梨花荘って邸宅まで建てたらしいぞ。名前だけで、どれだけ奥さんを愛してるか、伝わってくるよな」
その隣で、一人の富豪が鼻で笑った。
「見せかけだけだよ。どうせ裏じゃ、女遊びしてるんだろう」
その一言に、すぐに非難の声が飛び交った。
誰もが九条家の御曹司の溺愛ぶりを語っている。
「この世界で、まだ愛が存在すると信じられるカップルがいるとしたら、それはあの二人だけだよ」
「九条さんって、若くして名を馳せた天才画家だろ。でも一躍有名になったのは、あの『梨花』って作品だったよな。あれ、九条奥さんをモデルに描いたんだって。
彼は奥さんを全てのインスピレーションの源だと言った。彼の絵から、奥さんに対しての想いが伝わってくるよ」
その囁きに耳を傾けながら、梨花はふっと苦笑した。
彼女と九条辰昭(くじょう たつあき)の結婚は、典型的な政略結婚だった。
初めて会ったのは、婚姻届を提出した日だった。
実家で十分な愛情を受けられなかった彼女は、結婚生活に何一つも期待していなかった。
だが意外にも、辰昭から特別な優しさをもらってしまった。
彼は、彼女がピーナッツアレルギーであることを覚えてくれていた。
乳糖不耐症のことも、気遣ってくれていた。
誕生日には、高価で美しいプレゼントを用意してくれた。
梨花の心は、少しずつ、彼の方へ傾いていった。
彼を亡き母の墓まで連れて行った。
その場で辰昭は、厳かにこう誓ったのだ。
「お義母さん、どうかご安心ください。梨花は僕にとって、何よりも尊い大切な存在です。今生をかけて、梨花を必ず幸せにします。もし僕が梨花を裏切るようなことがあったら、一生、愛する人を失う罰を受けよう」
昔のシーンを思い出すと、梨花は自嘲するようにもう一度笑った。
いつから、すべてが変わってしまったのだろう。
おそらく、辰昭はもうあの世に去った初恋の妹・望月唯稚子(もちづき いちこ)を家に迎え入れ、大切にしていた時から。
あるいは、唯稚子が帰国した日、唯稚子が彼の胸に飛び込んだ……しかし彼がそれを止めなかった、あの瞬間から。
または、彼のシャツについた口紅の痕、鎖骨の下に残るかすかな歯形を見た、あの時からかもしれない。
梨花はもう、自分をごまかし続けることはできなかった。
「九条さん、これらすべて、奥さんへのお誕生日プレゼントですか?」
ビデオの声に、意識を引き戻された。
画面の中で、辰昭の澄んだ声が響いた。
「違います。ただのちょっとした物です。妻の誕生日には、もっと良いものを用意してます」
その一言に、またしても令嬢たちの羨望のため息が漏れた。
梨花が通話を切ろうとしたその時、かすかにこんな声が聞こえた。
「辰昭さん、本当に十日後、梨花さんに盛大な結婚式をやり直すつもり?」
「もちろんだ。梨花のことは最優先だ、しっかり準備しろよ」
「了解。じゃあ……明日の夜、唯稚子の打ち上げパーティー、梨花さんも誘う?」
「いや、彼女には知らせるな」
辰昭がまだ何か言っているが、梨花にはもう、それが聞こえなかった。
彼女は、静かに通話を切った。
そして、先ほど届いた最終確認のメッセージをじっと見つめながら……ゆっくりと、けど確かな動きで文字を打った。
【承知しました。お願いいたします】
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