朝も夜も、もうあなたはいない第2話
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美鈴が持ちかけた賭けは単純だった。「一週間、出張ってことにして家を空けてみなさい。その間、圭吾が自分から連絡してくるかどうか、試してみて」
最初、優奈は勝てると思っていた。
あの日々を思い出す。彼が何度も告白してきて、二十回以上も断ったのに諦めず、ちょうど祖母と姉が次々に不幸に見舞われたとき、彼は支えてくれた。その優しさに心を動かされ、二人は付き合うようになった。
付き合ってからの三年間、圭吾は毎日送り迎えしてくれ、優奈が出張の時は二時間ごとに電話かメッセージを寄越した。返事が遅れると心配しすぎて警察に連絡したことすらある。
だから、この七日間も、優奈は寝る時でさえスマホを抱きしめて待っていた。一本の電話も、一通のメッセージも逃すまいと。
けれど、日が経っても――何もなかった。
一度も連絡は来なかった。
「何度も呼んだのに返事しないなんて、何考えてるんだ?」テーブルに料理を運んできた圭吾が、いつものように優しく額に口づけしようとした。優奈はさりげなく顔をそらす。
彼は一瞬驚いたが、すぐに柔らかく笑った。「怒ってるのか?一週間、忙しくて連絡できなかったから?会社のことで手一杯だったんだ。許してくれるか?」
その言葉に、優奈は思わず笑った。
自分は十日間、家を空けていたのだ。
以前なら、彼は「五日と六時間二十八分ぶりだ」と正確に数えていたのに。今では、彼女が何日いなかったのかさえ気にしていない。
はっきりした。自分はもう、彼にとってただの「代わり」にすぎない。初恋相手が戻ってきた今、自分の存在はどうでもよくなったのだ。
怒鳴りたい気持ちはあった。どうして? なんでこんな仕打ちを受けなきゃならないの?
だが、口から出たのはため息だけだった。
疲れ切って、もう争う気力もない。
三日後、結婚式を挙げる。彼とは二度と会わないのだから。
「別に怒ってないよ。ちょっと出張で疲れただけ。食べよう」そう言ってテレビをつけると、芸能ニュースが流れていた。
人気女優・美鈴、ホテル前で謎の男性とキス
画面に映るぼやけた横顔を、優奈は一瞬で見抜いた。圭吾だった。
当の本人は、心臓を鷲掴みにされたような顔をして、慌てて彼女を見やった。だが優奈は黙って食事を続ける。安堵したのか、彼は急いでテレビを消した。「最近のニュースはくだらないな。芸能人の話ばかりだ」
その反応が、優奈にはおかしくて仕方なかった。
自分に隠す意味なんてあるのだろうか。代わりの自分に、取り繕う必要なんて。
夕食後、上司の千夏から電話が入った。「退職届見たよ、もう承認してある。でもね、近々大きな広告撮影があるの。あなたほど感性のあるカメラマンが他にいないのよ。辞める前に、それだけ撮ってくれない?」
千夏はこれまで何度も優奈を助けてくれた。同僚に手柄を奪われそうになった時も、上司に不当な扱いを受けた時も、必ず庇ってくれた。
だからその頼みを断る理由はなかった。むしろ全力を尽くそうと思った。
撮影はその日の午後から始まった。現場に着くと、モデルとして現れたのは美鈴だった。
撮影が始まって二十分ほど経った頃、美鈴が声を上げた。「みなさんお疲れさま。彼氏が差し入れを持ってきてくれたので、どうぞ召し上がって」
美鈴はそう言って配ったお菓子の箱を、優奈に手渡すふりをしてわざと落とした。「森下さん、こんな高級なお菓子初めてでしょ?緊張して手が震えちゃった?」
周囲から笑い声が起こる。
同僚たちと優奈の仲はもともと良くなかった。8桁の年収がありながら、服も二千円以上の物は買わず、会社の飲み会やイベントにも顔を出さない。ケチで無口な変わり者だと思われていた。
嘲る視線に居たたまれなくなり、優奈は外に出て窓辺に立った。
ふと下を見下ろすと、バルコニーに立つ二人の姿が目に入る。美鈴と圭吾は抱き合い、熱いキスを交わしていた。三年間付き合ってきたが、彼がこんなふうに我を忘れて誰かを求める姿は一度も見たことがない。彼は今、全身で美鈴に燃えていた。
夢見てきた相手を腕に抱き、少年時代から願ってきた口づけを交わしながら、それでもふと、別の人のことを考えてしまう。優奈のことを。キスの時にきつく閉じた瞳、震えるまつ毛、恥ずかしそうに赤くなる頬、そして最近の隈。
そのすべてが、彼には愛おしく、切なく思えた。
胸騒ぎに駆られ、彼は上を見上げる。けれど、そこに優奈の姿はもうなかった。
彼は一歩、遅かった。
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