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月は一人しか照らさない第2話

この話は約1604字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

錦治が病室に入ってきたとき、目にしたのは、百恵が両手を固く握りしめ、私に向かって繰り返し頭を下げている姿だった。

「藤村秋乃(ふじむら あきの)、また何をやってる!百恵は君を心配して来てくれたんだぞ!」

家政婦が気まずそうに弁解しようとしたが、百恵が先に口を開いた。

「錦治、怒らないで。私が悪かったの。スープの匂いがあまりにおいしそうで、ちょっとだけ飲むつもりが……気づいたら全部飲んじゃったの。藤村さんが怒るのも当然だよ……」

彼女が涙をこぼすと、錦治はたまらなく愛おしく思った。

「たかがスープだ。退院したら好きなだけ飲ませてやるのに。百恵にそこまで突っかかる必要あるか?」

そして彼の冷ややかな目を家政婦へ向けた。「百恵は最近食欲がない。せっかく気に入ったんだ。今すぐ戻ってもう一品作って、百恵の別荘に届けろ」

家政婦は慌てて飛び出していき、錦治は表情を柔らげて百恵の涙をぬぐった。

「もう泣くな。これ以上泣いたら溶けちゃうぞ」

百恵は涙の中で笑い、彼に飛びついた。「またからかって!」

二人はふざけ合いながら病室を出て行った。すると、再び静けさが降りた。

これまで幾度となく繰り返されてきた誤解、叱責、詰問。なのに今日の私は、何の感情も湧き上がらなかった。

もう怒りたくも、争いたくも、弁解したくもない。

一時間ほどして医者が傷口を確認しに来た時、錦治の部下がぞんざいに扉を開けて入ってきて、早く退院しろと急かした。仇敵がまだ動いているという。

その中の一人が同情するように尋ねてきた。「痛み止め、多めに出してもらうか?」

私は首を振った。「大丈夫」

この痛みには、すでに慣れているのだ。

その後、私が彼らに家まで送られ、玄関先で薬の袋を放り投げられて終わりだ。

錦治が私を軽んじているように、彼の部下たちも私をゴミのように扱っている。

袋を持って扉を開けると、中は静まり返っており、掃除に来るはずの人の姿もない。

錦治からの電話が来た。いつも通り冷ややかな声だ。

「百恵の体調が良くない。君のところの家政婦は気が利くから、みんなそっちに行かせた。

君はしばらく一人で過ごせ。百恵が元気になったら戻す」

それは、まるで刃物で五度も刺され、死にかけたのが百恵であるかのような口ぶりだった。

「わかった」

私の冷淡な返事に、彼はしばし黙ったのち続けた。

「食べたいものがあれば書いておけ。戻った家政婦に作らせるよ」

「はい」

スマホ越しに、彼の苛立ちが伝わってきた。

「君、何を拗ねている。スープ一碗で?

忘れるな。結婚するとき俺は言ったはずだ。君は百恵の身代りだと。三年須崎家の妻でいたからといって、百恵より上だなんて勘違いするな!」

私はロボットのように答えた。「……はい」

「君……」

彼が怒気を孕んでいるとき、向こうで百恵の声が響いた。

「錦治、早くケーキ食べよ!」

通話は一方的に切られた。

システムによる抹消まで、残り四十八時間。

空腹を覚えて台所に行ったが、食材はすべて持ち出され、冷蔵庫は空っぽだった。

錦治の事情で、私は外食の宅配も許されない。

仕方なく押し入れを探り、賞味期限切れのインスタント麺を見つけた。

壊れた電気ケトルの代わりに、給湯器の湯で無理やり麺を茹で、食卓に置いた。

スマホに百恵の配信が表示された。

今日の背景は別荘ではなく、どうやら温泉宿のようだ。

百恵はゆったりしたTシャツ姿で、チョコレートケーキを食べながら視聴者と交流している。

画面の外の男が時折フォークで一口を掬い、優しく彼女の口元へ運んでいる。

【恋愛日常は本当に撮れないの?この手だけでイケメンって分かる!】

百恵は舌をぺろりと出した。「私の彼氏は世界一かっこいいの。彼が笑うたび、心は溶けちゃうんだから。

彼から告白されたのに、私が怖がりでずっと迷ってて……やっと今になってOKしたの。

ケーキも甘いけど、恋の甘さには敵わないよ」

男が彼女の髪を撫でると、百恵の頬は真っ赤になり、笑顔が溢れた。

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