月のように、風のように第3話
この話は約1387字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
それでも、私はスーツケースを引きずり、決して振り返ることなく、高橋家を後にした。
背中、きっと皮膚が切れちゃったんだ。すごく痛いのに、誰も心配してくれない。
マンションの入り口に着くと、佑樹の車が道の脇に停まっていた。
顔中涙だらけの私を見つけると、佑樹は慌てて駆け寄ってきて、「どうしたんだ?」って聞いてきた。
彼の心配そうな視線を受け、私は唇を尖らせて、悲しさを堪えることができなかった。
佑樹は私を見た瞬間に異変に気付いたのに、誠は何も聞いてこなかった。
「怪我してるのか?病院へ連れて行ってやる」
佑樹は私をひょいと抱き上げ、助手席にそっと乗せた。
医者が簡単な消毒と包帯をしてくれるまで、彼はずっと緊張していたようだ。
「詩織、ホントにしょうがないんだから!誰がやったんだ?仕返ししてやる!」
佑樹は私の背中の大きな青あざを見て、胸を痛めていた。
彼の目にはうっすらと涙が浮かび、声も詰まっていた。今すぐにでも誠をぶちのめしに行きたい気持ちでいっぱいだった。
こんな風に優しく心配してくれる視線は、誠からは一度も受けたことがなかった。
愛しているかいないかは、目を見ればわかるものだ。
「佑樹、本当に私と結婚してくれるの?」
私は少し不安げに彼に尋ねた。
佑樹は私が三年も誠と関係が続いていたことを知っているのに、それでも私の電話一本で結婚を承諾してくれたのだ。
だから、私の心は完全に彼に傾いた。
車に乗り込む際、トランクに入れていたスーツケースをゴミ箱の横に捨てた。
佑樹と家に帰る途中、携帯が鳴った。
「詩織、どこに行ったんだ?明子がこっちに戻ってきたばかりで慣れていないから、一緒にいる必要があるんだ。新しい家を探してやるから……」
誠の声はかすれていて、激しい運動をした後みたいだった。
時刻は既に午後10時。ベッドで何度も体を重ねるには十分な時間だ。
私は何も言わずに電話を切った。
翌朝、会社に行って自分の持ち物を片付けていると、見覚えのある姿に呼び止められた。
「詩織さん、遅刻だわ。今日の給料は全額カットよ。
あなたみたいな底辺の女には、お金は大事でしょう?まあ、この3年間、誠があなたにちょこちょこお金をあげてたみたいだけど」
明子は、私に対する悪意に満ちた憶測を大声で吐き捨てた。
彼女の社員証に目をやると、社長秘書と書いてあった。
それは、かつて私が憧れていたポジションだった。誠のそばにいられる、一番近い場所……
でも彼はいつも、私が社長秘書になったらつまらなくなるって、あんな雑多な仕事をさせたくないとか言っていた。
彼がしたくないんじゃなくて、私がしてはいけなかったんだ。
私は手に持っていた退職届を彼女に手渡した。「鈴木さん、失礼だが、私はもう退職したので、給料はどうなっても構わない」
そう言うと、私は荷物を抱えて会社を後にした。
でも、エレベーターに乗り込んだ瞬間、それまで必死に堪えていた涙がドッと溢れてきた。
明子の机に、一枚の写真が飾られていたからだ。
あれは彼女が誠の誕生日を祝っている写真だった。
誠は毎年誕生日になるとどこかへ出かけていた。一年に一度だけ、一人で羽を伸ばしたいと言っていた。
私は毎年、日付が変わってすぐにおめでとうを言うのを我慢して、翌朝6時を回ってから、携帯でメッセージを送っていた。
まさか、一人で羽を伸ばしていたんじゃなくて、本当に一緒に誕生日を祝いたい人がいたなんて。
縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)
第4話は公式アプリで
当サイトでの試し読みはここまでです。アプリをインストールし、下のアプリ用コードを入力すると、この作品の第4話からそのまま読み進められます。
R11836- 下のボタンから公式アプリをインストールします(無料)。
- アプリを開き、「コードを入力」にこのコードを入れると、この作品が本棚に入ります。
作品ページへ戻る 当サイトに掲載しているのは試し読みの章だけです。