最期に届いた家族の愛第3話
この話は約1551字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
私はソファに身を戻し、目を閉じて必死に呼吸を整える。
だが真琴がまた近寄ってきて、私の顎を指でつまみ上げ、無理やり顔を上げさせる。
「夕乃、今度は何の手口だ?同情を引く芝居か?
言っとくが、無駄だ。朔菜が味わった苦しみは、お前のその程度の擦り傷なんか比じゃない」
彼はティッシュを投げつけるように寄こし、冷えた声で続ける。
「明日、山口(やまぐち)社長の席がある。お前を名指しだ。ギャラはデカい。しくじるなよ」
思わず苦笑がこぼれた。結局、彼が戻ってきたのは、次の売り渡しの予定を告げるためだけだ。
真夜中、スマホが震えた。成金どものグループチャットからだ。
誰かが動画を上げていた。テキストにはこうある。
【江口家の御曹司、今夜は惜しげもなく金を使い、妹に「ハート・オブ・ザ・オーシャン」を贈ったそうだ。羨ましすぎる兄妹!】
動画を再生すると、映っていたのは高級ブランドの店内。
真琴が、朔菜の首に青いダイヤのネックレスをやさしくかけている。
朔菜は満ち足りた笑顔を浮かべている。そこへ真琴の声がはっきりと重なる。
「これ、あの女の稼ぎで買ったんだ。お前への償いって思って。
これからは、あいつの稼ぎは全部、お前の小遣いだ」
私は口を押さえ、泣き声がこぼれないように必死に堪える。
それは、私が命と引き換えに手にした金。彼の言う「汚らわしい女」が、身を売って得た金だ。
あの男たちの脂ぎった手が、私の体を這い回る。耳の奥では、屈辱の言葉が何度も甦る。
最安の弁当で腹を満たし、服は破れても捨てられない。
病気になることも、病院に行くことも怖かった――真琴の「治療費」に、一円でも多く残さなければならなかったから。
そして今、私が身を削って得た金は、彼が別の女を喜ばせるための道具になり、彼の口では「厄介な金」となっている。
感情が一気に煮え立ち、視界が暗転した。意識が、そこで途切れた。
次に目を開けたとき、私は病院にいた。
助けてくれたのは、恵子だ。彼女はどうしても気になって引き返し、私が倒れているのを見つけて、すぐに救急車を呼んでくれたという。
恵子は私の手を握りしめ、涙をこらえるように目を赤くしていた。
「あなたって子は……どうしてこんなに無理をするの?」
ちょうどその時、病室の扉が勢いよく開かれ、真琴が飛び込んできた。彼は私の鼻先を指さし、怒鳴りつける。
「夕乃!ずいぶん偉くなったじゃないか?ちょっと体調崩したくらいで病院に来るとはな。山口社長の席はどうするつもりだ!この席を取るために、俺がどれだけ頭下げたと思ってんだ?」
私は呆然と彼を見つめ、泣くよりもみっともない笑みを浮かべた。
見ず知らずの隣人は、私の異変に気づき、病院まで運んでくれた。
なのに、血のつながった実の兄が気にしているのは、私が彼のためにどれだけ利を生めるか――それだけだ。
動画の中、朔菜にネックレスをかけたときの真琴の甘い笑顔がまた浮かぶ。
あんな笑みは、これまで一度として私のものにならなかった。
恵子は見かねて、何か言おうと口を開いた。
私はそっとその手を握り、首を振って止めた。
恵子は怒りをこらえながらも、出ていく間際に真琴へ言う。
「若いの、彼女はあんたの実の妹だよ。ちゃんと大事にしてあげなさい。後で悔やんでも、取り返しがつかないわよ」
真琴はまったく取り合わず、私のベッドのそばまで来て、どかっと腰を下ろした。
彼は苛立ちを隠そうともせず私を見据え、ついに、何か大きな決断でも下したかのように口を開く。
「夕乃、ひとつ知らせだ。驚くなよ」
私は目を閉じ、顔を背ける。
それでも彼はお構いなしに続ける。
「父さんと母さんは死んでない。明日、帰国する」
私は思わず目を見開いたが、言葉が出てこない。
父さんと母さんが……私に会いに来る?
やっぱり、私のことを見捨てきれなかったんだよね。
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