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春風も、君も、二度と戻らない第3話

この話は約1783字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。

その言葉を聞いて、翔真は何も言わず、ただ静かに枝里の背後に寄り添った。寝るときでさえ、彼女を腕の中に抱きしめ、まるで離れることを恐れるかのように手放そうとしなかった。

翌朝。

枝里の顔には、やはり笑みの気配すらなかった。翔真は焦りを感じながら、アシスタントに電話をかけた。

「この前のオークションで落札したルビーのネックレス、家に届けてくれ」

しばらくして、アシスタントがドアをノックした。

翔真は丁寧にラッピングされた小箱を受け取ると、それを彼女の前にそっと置いてゆっくり開いた。

「枝里、これは仲直りのプレゼントだ……もう怒るなよ」

目の前に現れたのは宝石の眩い光を放つネックレス。けれど、彼女の瞳には何の感情も浮かばなかった。

「怒ってなんかないわ」

穏やかな声だったが、それはまるで壁のように距離を感じさせた。その冷たさに、彼の不安はさらに募った。

「じゃあ……君が前に好きだったケーキを買ってくるよ。南の町の、あの店のやつ……あれを食べると、いつも嬉しそうだったから……」

「でも、それは『前』の話でしょ?」

その一言に、彼は言葉を失った。

初めてだった。

どれだけ宥めても、彼女の心が一切動かない。

空気を変えようと、翔真は枝里を連れて、彼女の両親が眠るVIP病室へと足を運んだ。

大きな手をそっと彼女の肩に置き、やがて優しく抱き寄せる。

「枝里、ずっと会社に治療薬と技術の開発を進めさせてきたんだ。ようやく最終段階に来た。信じてくれ。

君の両親に、君のウェディングドレス姿を見せたい。

その日、君はきっとこの世界でいちばん美しく、いちばん幸せな花嫁になる」

彼は彼女の手を引き、病床の前へと立つ。

「お父さん、お母さん、私は翔真です。あと数日で枝里と結婚します。彼女を一生、大切に守っていきます」

その横顔を見つめながら、枝里は心の奥で冷たく笑っていた。

何を今さら。

彼女はもう、彼を必要としていなかった。

あの夜、彼が美羽と「ゲーム」に興じていたその間に―

彼女は、両親を救う手段を見つけ出していたのだ。

もう虚ろな約束も、根拠のない優しさもいらなかった。

そのとき、翔真のスマホが鳴った。彼のアシスタントからの電話だった。

彼が切ろうとしたその瞬間―

「出ていいわ。私は父さん母さんと、少しだけ三人で居たい」

彼は戸惑いながらも、そっと彼女の髪を撫でて部屋を出ていった。

しかし、ドアが閉まって間もなく、再びノブが回る音がした。

振り返った枝里の目に映ったのは―翔真ではなく、両親の主治医であり、家族ぐるみで付き合いのある医師・高野慎也(たかの・しんや)の姿だった。

「おじさん、こんにちは」

彼女はすぐに立ち上がり、丁寧に頭を下げた。

その目が赤く潤んでいるのを見て、高野先生はふっと息を吐いた。

「枝里ちゃん、そんなに気を落とすな。

前も言っただろう?霧島グループの最新医療技術を使えば、君のご両親が目を覚ます可能性は十分にある。

ただし、あの霧島淳哉と直接連絡を取るのは、そう簡単じゃない。

……だがな、何とか連絡先を手に入れたんだ」

そう言って、高野先生は名刺をそっと彼女の手に渡した。

金箔で刻まれた名前と電話番号。

薄いその名刺から、まだ彼の手の温もりがかすかに残っている気がした。

華を添えるのは誰にでもできる。

けれど、本当に困っている時に手を差し伸べられる人は、そう多くはない―

そんな思いが胸に広がり、枝里は心の中でそっと感謝の言葉をつぶやいた。

「もう大丈夫です」と答えかけたその矢先、背後から翔真の冷たく鋭い声が突然響いた。

「枝里!」

振り返ると、そこには険しい表情の翔真が立っていた。彼は一切の迷いもなく彼女の手から名刺を奪い取り、高野先生に向き直ると、低く、そして静かに言った。

「高野先生、お手数をおかけしました。

ですが、霧島さんにお力をお借りする必要はありません。枝里の婚約者はこの俺です。ご両親の治療についても、俺が必ずなんとかします」

そう言うと、名刺をその場でビリビリに引き裂いた。

その目には醜く燃え盛る嫉妬が滲んでいた。

たった一枚の名刺―それすらも、彼には耐え難かったのだ。

その様子を見て、枝里は思わず胸の奥で冷笑を漏らす。

翔真、たかが名刺一枚で、そんなに取り乱すなんて。

じゃあ―

数日後、私があなたを捨てて、結婚式を投げ出し、霧島淳哉のもとへ戻ると知ったら。

そのとき、あなたは……どんな顔を見せるのかしら?

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