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春を迎えぬ冬第2話

この話は約2570字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

朝、目を覚ました恭一郎はいつものように千夏に「おはようのキス」を落とした。

「千夏、昨日は結婚記念日を台無しにしてごめん。今日、ちゃんと埋め合わせするから。いい?

遊園地に行こうよ。前に君が行きたいって言ってたじゃないか」

千夏は特に興味も湧かず、断ろうとしたが、恭一郎はすでに出かける準備を始めていた。彼女の分の服までしっかり用意して。

遊園地に着くと、恭一郎はまるで千夏の専属ガイドのように、常に彼女のそばで気を配っていた。

千夏がほんの少し唇を動かすだけで、すぐに彼は水を差し出す。

彼女がちらりと見ただけのぬいぐるみも、即座に買い求めた。

メリーゴーラウンド、バンパーカー、大観覧車……

そのどれもが子供向けのアトラクションだとしても、千夏が楽しむならと、恭一郎は喜んで付き合った。

「千夏」

手を繋いだまま、恭一郎は一度も手を離さなかった。たとえ千夏が拒んで手を振り解こうとしても、彼はしっかりと彼女の手を握り続けた。

最後には風船を買い、千夏のバッグに結びつけると笑顔で言った。

「千夏、これで君は絶対に迷子にならない」

迷子にならない……

でも、私が行こうとしている場所は、あなたが決して辿り着けないところ。

恭一郎、あなたはもうとっくに私を見失っているのよ。

二人が遊園地で過ごす姿は、まるで絵に描いたように美しかった。恭一郎はハンサムで、千夏もまたその美しさで注目を集めていた。その愛し合う様子は、他の来場者たちの視線を惹きつけずにはいられなかった。

やがて、誰かが二人に気付いたようだ。

「あれ、蒼月グループの社長さんと奥さんじゃない?まさかここでお会いできるなんて!ほんとに素敵なカップル!」

あるカップルの中の女の子が興奮のあまりその場でぴょんぴょん跳ねながら、彼氏の手を引いて千夏に駆け寄った。

「あの……一緒に写真を撮ってもらえませんか?私たち、あなたたちの大ファンなんです!」

千夏はその女の子の輝く笑顔を見て、失望させたくないと思い、うなずいた。

恭一郎は普段写真を撮るのが好きではなかったが、千夏に合わせて快く応じた。

「カシャ」

シャッター音が響き、写真は無事に撮り終えた。女の子は興奮気味に何度も頭を下げながら言った。

「お二人って本当に仲がいいんですね!羨ましい!ずっとそのままでいてくださいね!」

恭一郎は微笑みを浮かべながら、相手に軽くうなずいた。

しかし彼は気づいていなかった。横に立つ千夏が一言も発していないことを。

なぜなら、彼女だけが知っていたからだ――二人の未来はもうないのだということを。

昼食を取っている間の休憩中、恭一郎は何度もスマホを気にしていた。

千夏が視線を向けると、彼は慌てたように申し訳なさそうな声をかけてきた。

「千夏、ごめん。ちょっと仕事が立て込んでてね。すぐ終わらせるから、先に食べてて。後でちゃんと君に付き合うよ、約束する」

だが、次の瞬間、彼のスマホの画面に豪華な城のギフトが流れるのが目に入った。

彼は嘘をついていた。仕事をしているのではなく、ライブ配信を見ていたのだ。

千夏は嘲笑うように唇を歪ませた。静かに自分のスマホを取り出し、梓のライブ配信を開く。

梓は無名のネット配信者だったが、最近、恭一郎の会社に所属し、さらに「ユキナツ」の広告塔にまで抜擢されていた。

周囲は彼女の得た特別な待遇に驚き、誰がその後ろ盾なのかと噂していた。

誰も知らなかった――その後ろ盾が、他ならぬ恭一郎だったことを。

今まさに梓は遊園地の入口でライブ配信をしていた。彼女は自信満々にスマホを持ち上げ、視聴者に向かって得意げに語っていた。

「みんな見て!この遊園地、私の彼氏がプレゼントしてくれたの!私の名前を言えば割引が効くから、ぜひ遊びに来てね!」

その言葉を聞いた瞬間、千夏の手がスマホを握りしめ、冷たく強張った。

この遊園地……彼が彼女に連れてきたこの場所が、梓へのプレゼントだったというの?

ライブ配信のコメント欄は疑念で埋め尽くされていた。

「嘘つけ!お前みたいな無名ネット配信者が、そんな大金持ちと繋がるわけないだろ?」

「ただの注目集めだな。証拠がなきゃ信じない。私だって遊園地の前で嘘を吹くくらいできるし」

「マジで有名になりたくて必死すぎる。この遊園地、何億もするって知ってるのかよ」

......

梓は悔しそうに唇を噛みしめながら言った。

「嘘なんかついてないわ!ほら、これを見て」

そう言うと、バッグから取り出したのは、遊園地の権利証明書。はっきりとした黒い文字で「鷺宮梓」の名前が記されていた。

その瞬間、ライブ配信のコメント欄は一気に炎上状態になった。

「いや、俺の無知だった。マジでガチの大物見たわ」

「遊園地をプレゼントとか、これ完全に愛妻家として有名な蒼月社長と張り合えるんじゃない?」

「男の愛はお金の使い方で分かるって言うけど、なんで私の周りにはこんな超絶いい男がいないの!」

「そりゃ超絶いい男は世界に二人だけだからだよ。一人は蒼月社長、もう一人がこの鷺宮さんの彼氏だろ。さ、みんな議論だ。どっちが愛妻家か対決だ!蒼月社長に投票するなら1、梓の彼氏に投票するなら2だ!」

画面いっぱいに「1」が並んだ。蒼月恭一郎の愛妻家ぶりは誰もが知るところだった。お金だけでなく、彼は命さえ投げ出しかけたことがあるのだから。

そんな中、突然「恋梓」というアカウント名が現れ、一気に1万隻ものバーチャルヨットを贈りつけた。画面は眩いエフェクトで埋め尽くされ、観客全員が息を呑んだ。

その影響で、梓のライブ配信の視聴者数は数万から一瞬で100万を超えた。

そして、画面いっぱいに明るく流れたコメント:

「もちろん僕の方が梓ちゃんを愛してる」

ライブ配信は大騒ぎになり、視聴者たちは狂ったようにコメントを連投した。

「正体現れた!ヤバい!金持ちすぎる!」

「これが噂の超絶いい男か!」

梓は得意げに笑い、目には愛されていることへの誇りが滲んでいた。

「見たでしょ?私の彼氏がどれだけ私を愛してるか」

その時、千夏はスマホを握る手が小刻みに震えた。視線を上げると、ちょうど恭一郎の柔らかく上がった唇の端が目に入る。

その目には、深い愛情が溢れていた。

彼が「恋梓」だったのだ。

まるで心臓をぎゅっとねじられたような痛みを感じた。それなのに、その痛みは相手が手を離した後も、なおも残り続けていた。

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