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春に別れて第2話

この話は約1988字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

洋一と私は、無言の冷戦状態に陥った。

彼は家に帰らず、私も彼の動向を一切尋ねなくなった。

3日目の朝、彼の秘書からメッセージが届いた。

【奥様、社長はここ数日ずっとS国への出張で大変お忙しく、今日ようやく戻られました】

私は返信した。

【もう大丈夫です。これからは報告しなくていいですよ】

メッセージ履歴を遡ると、いつも私から洋一に連絡していたことがわかる。本人よりも、秘書に連絡した回数の方がずっと多かった。

しばらくして、また秘書からメッセージが届いた。

【奥様、もしかして喧嘩をされましたか?】

返事をしないでいると、さらに続きが送られてきた。

【社長の心の中には、奥様しかいないはずです。あの方がご自分からアプローチされるなんて、普通じゃないことですから】

私は思わず、瞬きをした。

確かに、この結婚は彼が望んでくれたものだった。

あの頃の洋一は冷たい性格ながらも、自分から私の側にいてくれた。いつも私を見つめて、綺麗だと言ってくれた。

なのに、どうしてこんなことになってしまったのだろう。

秘書のメッセージは続く。

【社長は今日が奥様のお誕生日だとご存じで、ずっと欲しがっていらっしゃったブレスレットを用意されているそうです】

一緒に送られてきた写真には、本当にそれが写っていた。

以前、洋一の前で何度もねだったことのあるブレスレット。まさか覚えていてくれたなんて。

胸の奥が、小さく震えた。

私は小さくため息をついて立ち上がり、彼の好きな料理を作り始めた。

洋一が帰宅したのは、すっかり夜も更けてからだった。

ネクタイを緩めながら、足早に書斎へ向かおうとした。

私が呼び止めると、彼は煩わしそうに眉を寄せて振り返った。

「何だ」

その声は、相変わらず冷ややかだった。

私は息が乱れそうになるのを抑えながら、テーブルの縁をぎゅっと握りしめた。

「今日が何の日か、わかる?」

彼はさらに眉をひそめた。

「何?」

胸の奥がじくりと痛み、声が掠れた。

「……私の、誕生日」

洋一はようやく納得したように頷き、袖口を下ろした。

「今日か。忘れてた」

たった、それだけだった。

喉が締め付けられるようだった。

水底に沈められたように、息が詰まる。

彼は私を一瞥して、淡々と言い放った。

「来月、埋め合わせをする。そもそも、別に絶対に祝わなきゃいけない日でもないだろう。大げさにするな」

ところが次の瞬間、有菜が1時間前に投稿したSNSの写真が私の目に入った。

そこに写っていたのは、ここ何ヶ月も私が夢に見ていたあのブレスレット。そして、言葉にできないほどたくさんの高価な品々。

キャプションには、こう書かれていた。

【旦那様ありがとう(本当はお仕事の上司なんだけどね)】

そこには、洋一からのコメントもあった。

【またそういうこと言って。これくらい当然だろ】

私は、引きつる唇の端を無理やり上げた。

以前、SNSで私の投稿に「いいね」をしてほしいと頼んだことがある。でも、彼はいつも断った。

子どもっぽい、自分には似合わない、と言っていた。

なのに今、目の前にあるこれは、いったい何なのだろう。

スマホを握る手が、止めどなく震えた。

「有菜には、こんな甘い言葉をかけられるのね。彼女へのプレゼント選びは、楽しかった?」

洋一は眉を寄せて、無言で私のスマホを取り上げ、何かを操作した。

「嫌なら見なければいい。これは部下へのちょっとした気遣いだ。仕事をもっと頑張ってもらうための投資にすぎない。

あいつは仕事に前向きだ。だから受け取るだけの理由がある。お前と違って、家でぼーっとしているわけじゃないんだ」

私は、全身が強張った。

まるで雷に打たれたような衝撃だった。

彼はずっと不規則な生活のせいで、胃が弱かった。痛い、辛いとよくこぼしていた。私の作る料理が一番美味しいと言ってくれたのも、彼だった。

だから私は仕事を辞めて、家で彼を支える道を選んだのだ。

私はずっと優秀な学生だった。海外からのオファーだって手にしていた。もっと遠くへ羽ばたけたはずだった。

なのに、どうして。

愛していると最初に言ってくれたのは、彼だったのに。

どうして私だけが、過去に縛り付けられているの。

胸をきつく押さえ、浅い呼吸を繰り返す。

喉の奥が引きつって、何の言葉も出てこない。

洋一は私を見ることもなく、視線をテーブルに落としたままだった。

それでもなお、不満そうに口を開く。

「それと、一日中家にいるなら、料理の腕を上げるくらいできないのか。こんな味のしない飯では、食欲も湧かない」

私は、乾いた笑いを漏らすしかなかった。

そうよね。有菜と外で刺激的な辛い物ばかり食べていれば、こんな優しい味の料理なんて、舌に合うわけがない。

次の瞬間、書斎のドアが冷たく閉まる音が響いた。

一切の迷いもない、乾いた音だった。

私は、がらんとしたリビングにひとりきりで立ち尽くしていた。

ゆっくりと俯き、丹精込めて作った料理を、すべてゴミ箱に捨てた。

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