攻略失敗、彼は私の遺骨と籍を入れた第1話
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「婚姻届を出して籍を入れる……それだけはできない。でも、それ以外のものはすべて君に与える」
手にした書類を見つめたまま、私は呆然と立ち尽くした。
長い沈黙の後、ようやく声を絞り出す。「どうして……今まで黙っていたの?」
柊真は肩をすくめ、悪びれもせずに笑った。
「君は、俺という人間を愛してくれていると思っていたからね」
「もし……私がどうしても籍を入れたいと言ったら?」
一瞬の間を置いて、私は震える唇で問いかけた。
彼にはきっと想像もつかないだろう。婚姻届というあの紙切れ一枚がなければ、私とお腹の子――二つの命が消え去るという残酷な現実に直面することを。
* * *
区役所に着いた途端、結城柊真(ゆうき とうま)は突然私、桜井夢(さくらい ゆめ)の耳元で囁いた。
「実は、俺には子供がいるんだ」
彼は私を見つめ、真剣そのものの顔をしていた。
「婚姻届を出して籍を入れる……それだけはできない。でも、それ以外のものはすべて君に与える」
手にした書類を見つめたまま、私は呆然と立ち尽くした。
長い沈黙の後、ようやく声を絞り出す。「どうして……今まで黙っていたの?」
柊真は肩をすくめ、悪びれもせずに笑った。
「君は、俺という人間を愛してくれていると思っていたからね」
「もし……私がどうしても籍を入れたいと言ったら?」
一瞬の間を置いて、私は震える唇で問いかけた。
彼にはきっと想像もつかないだろう。婚姻届というあの紙切れ一枚がなければ、私とお腹の子――二つの命が消え去るという残酷な現実に直面することを。
………
柊真は何も言わなかった。
ただ淡々と私を見つめている。まるで私の問いかけが愚かだとでも言いたげに。
やがて彼は小さくため息をつき、私の目尻の涙を指で拭った。
そして低く答えた。
「彼女は俺の両親の命の恩人で、両家は代々の付き合いがある。君を愛している。でも、妻の座は彼女でなければならないんだ」
不満、恨み、怒り――すべてが胸の奥で渦を巻く。
喉の奥から、血の味が込み上げてきた。
彼はそう言い捨てると、呆然とする私をマイバッハに押し込んだ。
「あの子供だって、両親に薬を盛られてできたんだ。君をこの家に迎える条件が、俺があの子を引き取ることだった」
柊真は言葉を切り、こちらを向いた。
「夢、俺は彼女に何の感情もない。
君が好きなのは俺その人だろ?たかが紙切れ一枚じゃないはずだ……」
ただの紙切れなんかじゃない。
私の命そのものだ。
彼の隣に立つための資格であり、お腹の子を無事に産むための、たった一つの拠り所なのだ。
頭の中で、システムの冷たい声が突然響き渡った。
何度も、何度も繰り返す。
【攻略任務に失敗しました。まもなく抹殺を実行します】
【残り時間は、あと48時間です】
私は目を閉じ、すべての感情を飲み込んだ。
すがるように彼の袖を掴む。
「子供のことは構わない。でも、籍だけは……お願い、入れて」
柊真の顔が曇り、目に危険な光が宿った。
「後継者の座を投げ打ち、実家と大喧嘩をしてまで彼女と離婚しろとでも言うのか?たかが紙一枚のために?
夢、いつからそんなわがままになったんだ?」
そう吐き捨てると、私の手は無造作に振り払われた。
胸の奥が、鈍く痛む。
私はバックミラー越しに男を見つめた。
相変わらず気品に満ちた佇まい。整った顔立ち。
けれど、あの優しかった瞳には、かすかな苛立ちが滲んでいた。
感情より先に、涙が溢れ出した。
ぽたり、と手のひらに落ちる。
柊真はついに見かねたのか、ハンカチを取り出して私の頬をそっと拭った。
「約束する。俺の愛も、妻としての実質的な待遇も、財産も――全部、君と子供たちのものにする。だからもう泣くな……な?」
彼は自分がどれほど愛情深いか、そう言っているつもりなのだろう。
でも私は、何も言い返せなかった。
彼は思い込んでいる。
私が執着しているのは、法的な妻という地位と財産なのだと。
「選ばせてやる。このまま式を挙げるか、それとも――」
柊真は人差し指で私の髪を弄びながら、確信に満ちた目で見下ろした。
五年前、チューリップを手にひざまずいて「君に家庭をあげる」と告白した時と同じように。
私が決して拒まないと、高を括っているかのように。
見つめ合う沈黙の中、私は黙ったまま。
少し膨らみ始めたお腹を、そっと撫でた。
しばらくして、小さく頷く。
結城柊真、私からもあなたに選択肢をあげる。
この子の父親として生きるか――それとも、私とこの子の亡骸を引き取りに来るか。
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