攻略失敗後、死を望んだ私に攻略対象が狂い出す第3話
この話は約1841字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
家に戻った私は、よく切れそうな刃物を一本選んだ。
ただ待っているだけなんて、もう嫌だった。どうせ死ぬのなら、このまま自分で終わらせてしまえばいい。
家には私しかいない。誰かを巻き込む心配もない。
ベッドに横になり、真っ白な天井を見上げた。
刃物を握ったまま、私は思わず笑ってしまった。
二十年もかけて、私はいったい何をしてきたのだろう。
この世界で私は、ずっと攻略という名のゲームを続けてきた。
長かったと言えば長かったのだろう。けれど振り返れば、あっという間に過ぎてしまった気もする。かといって、短かったと簡単に片づけられるほど、薄い時間でもなかった。
母が再婚し、見知らぬ家で暮らすことになったあの頃、最初に私へ手を差し伸べてくれたのは蓮也だった。
この世界にも、ようやく頼れる人ができた気がした。蓮也の前でなら少しくらいわがままを言っても許されるし、何かあれば彼がかばってくれる。そう思えるほど、私は彼を信じていた。
だからこそ、その優しさに応えたかった。
兄を慕う妹を演じるために、小学生の頃はお小遣いもおやつも我慢して、彼に限定フィギュアを買った。
蓮也が裏で余計なことをして揉め事を起こしたときも、私は黙って後始末をした。
夜中の三時に胃が痛いと言われれば、生理痛をこらえて薬を買いに行き、朝までつきっきりで看病した。
新作の限定腕時計を欲しがったときも、夏休みのアルバイト代には一円も手をつけず、全部その時計に使った。
そうして蓮也と支え合っているつもりだった私は、この関係だけは、誰からも愛されるヒロインにも奪えないはずだと思っていた。
けれど、ヒロイン補正はやはり強い。
攻略対象ですらない、物語の端にいるような蓮也まで、眞白に惹かれてしまったのだから。
眞白が現れた途端、この世界でようやく見つけた私の居場所は、あっけなく消えてしまった。
もう、どうでもいい。
どうせ私の終わりは決まっている。今死ぬか、少し先に死ぬか。その違いでしかない。
ためらう理由もなかった。
私は手首に刃を滑らせた。赤い血が流れ出し、少しずつ体から力が抜けていく。
視界がぼやけていく中、私はただ、このまま静かに終わりたかった。
誰にも迷惑をかけないために。
事件として扱われないよう、遺書も残しておいた。
【これは、自分で選んだことです。どうか悲しまないでください】
もっとも、私のために悲しむ人なんて、きっといない。
だって私は、こんなにも嫌われているのだから。
意識が少しずつ遠のいていく中で、私はろくでもない自分の人生を思い返していた。
どれだけ攻略のために努力しても、眞白が現れた途端、積み上げてきたものはすべてなかったことになる。
誰もが彼女に惹かれ、私を嫌うようになる。
ようやくこの最低な世界から離れられる。そう思ったとき、玄関のドアが壊れそうな勢いで叩かれた。
誰かが私の手首に包帯を巻いている感覚がして、私は重いまぶたをなんとか開けた。
「莉緒、どうかしてるのか?」
目の前にいたのは、私より七つ年上の元家庭教師、相馬逸人(そうま はやと)だった。
彼もまた、システムが私に用意した攻略対象の一人だった。
高校の頃、私の成績はあまりよくなかった。そこで母の再婚相手が、有名大学に通う学生を家庭教師として雇った。
その頃の私は、本気で勉強するつもりでいた。けれどシステムが、彼も攻略できる相手だと告げた。
だから私は、勉強を教わるという名目で逸人に近づいた。
逸人が勉強を何より優先する人だと分かってからは、攻略用に「少し抜けた可愛い生徒」という役を作り、毎日のように彼のそばにいた。
そのうち逸人は、私を両親にまで会わせてくれた。
両親に会わせた女の子は君が初めてだと、彼は言っていた。
逸人の好感度は、私の思いどおりに上がっていった。しかも、驚くほどの速さで。
これで私は生き残れる。
そう思った矢先、眞白がまた私の前に現れた。
眞白は逸人と趣味も好みも驚くほど合っていた。私を見るなり、怯えたように彼の腕にすがりつき、泣きながら訴えた。
「相馬先輩、私……莉緒に何かしてしまったんでしょうか。学校でずっと目をつけられて、薬を飲まないと眠れないくらいになってしまって……病院では、うつだと言われました」
逸人は、私の目の前で眞白を抱き寄せた。
まるで、最初から彼女だけを待っていたみたいに。
「もう怖がらなくていい。私が守る」
その日、逸人は私を平手で打った。
「出ていけ。今日から君とは他人だ。二度と眞白に近づくな」
そう言い捨てられて、その攻略もまた失敗に終わった。
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