捨てた夫、今さら後悔?第3話
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胸の奥に、どっと疲れが広がった。もうこれ以上、彼に何かを説明する気にもなれない。
失望をにじませながら、私は口を開いた。
「司、私たち――離……」
そこまで言いかけたところで、不意に着信音が鳴り響いた。
表示された名前に目を落とす。
理紗。
思わず、小さく息を吐いて顔をそむけた。
司はちらりと私を見たあと、どこか気まずそうに視線を逸らす。
そして体を少し背け、そのまま電話に出た。
私に聞かせないつもりなのだろう。
けれど――理紗の声は、はっきり耳に届いた。
「司さん……こほっ……私、体調を崩しちゃって。来てくれませんか?」
その瞬間、司の表情が変わった。
「ひどいのか?」
「大丈夫です……そんなにひどくは……こほっ……」
受話器の向こうから、か細い咳混じりの声が聞こえてくる。
司は眉を強く寄せた。
「そんな咳してて大丈夫なわけないだろ。待ってろ、今すぐ行く」
通話を切ると、司は私を睨んだ。
「若菜。その話は帰ってからだ。あとでちゃんと説明してもらう」
そう言い残すと、もう私には目もくれず、足早に部屋を出ていった。
まるで逃げるみたいに去っていく背中を見ていると――
思わず笑いそうになった。
テーブルの上に置かれた、出来たばかりの離婚協議書に目を落とす。
もう終わりにしなきゃいけない。
翌朝になっても、司は帰ってこなかった。
仕方なく、離婚協議書を持って彼の会社へ向かった。
司のデスクは相変わらずきれいに整えられていて、必要最低限の仕事道具しか置かれていない。
けれど――椅子の上にだけ、小さなピンク色のブタのぬいぐるみがぽつんと置かれていた。
理紗がいたころ、彼女が司に買ったものだ。
オフィスが殺風景すぎるから、明るい色のぬいぐるみを置いて雰囲気を和らげたい――そんな理由だった。
司はもともと几帳面な性格で、オフィスに余計な物を置くのをいちばん嫌う人だった。
以前、私が観葉植物を置こうとしたときも、司は眉をひそめて言った。
「若菜。ここは仕事をする場所だろ。こういうのは好きじゃない。もう買ってこなくていい」
それなのに今は、そのこだわりも理紗の前ではあっさり覆されている。
思わず、口元に苦笑が浮かんだ。
ふと、デスクの上の財布が目に入った。
就職したばかりのころ、初めてまとまったお金で司に贈った財布だった。
司はそれを本当に大事にしていて、八年間ずっと持ち歩いていた。
あとからもっと高い物が買えるようになっても、替えようとはしなかった。
けれど――もう、何もかも変わってしまった。
私はその財布を手に取り、少しだけ昔を思いながら開いた。
中を見た瞬間――血の気が引いた。
内ポケットには、司と理紗のツーショット写真が挟まれていた。
写真の中で理紗は甘えるように司の肩に寄りかかり、司はわずかに顔を傾けながら、やさしい目で彼女を見て笑っている。
その写真を見た瞬間、胃の奥がむかっとした。
私が贈った財布の中に、司が理紗との写真を入れているなんて――どうしても信じたくなかった。
もう何度も失望させられてきたせいで、今さら何も感じないはずだったのに。
それでも今、はっきり残っていたのは――込み上げてくる吐き気だけだった。
こんな男に八年も費やしてしまったのかと思うと、ただやりきれなかった。
深く息を吸い、手の中の離婚協議書に視線を落とす。
――もう、司にきちんと話すときだ。
そのとき、外から足音が近づいてきた。
顔を上げ、はっきりと言った。
「司、話がある」
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