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手放した光は二度と戻らない第1話

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「白石さん、脳内の血腫が神経を圧迫しており、いつ記憶を失ってもおかしくない非常に危険な状態です。ましてや、その腕では……」

医者は心配そうに、白石陽葵(しらいし ひまり)の装着したばかりの義手をちらりと見た。

「ご家族にご連絡の上、すぐに入院して経過観察されることをお勧めします」

「いいえ、結構です。ありがとうございます」陽葵は静かに首を横に振った。

結城蒼真(ゆうき そうま)にとって、彼女はただの嘘つきであり、たとえ話したところで信じてもらえるはずもなかった。

1ヶ月前、彼の最愛の人である水瀬栞奈(みなせ かんな)は、陽葵の絵が指導教官によってコンクールに出展されたことに嫉妬し、カッとなって陽葵に車で突っ込んできた。

夫であるはずの蒼真は、コンクールの出場辞退届を陽葵の前に投げつけた。

「どうしてお前は、何から何まで彼女と張り合おうとするんだ。この書類にサインして、出場枠を栞奈に返してやってくれ」

だが蒼真は知る由もなかった。陽葵の右腕はあの交通事故で既に切断されており、彼女が二度と筆を握れない体になってしまったことなど。

* * *

診察室を出ると、廊下の陰からひそひそと囁き合う声が陽葵の耳に届いた。

「あれ、彼女じゃない?なんであの白石陽葵が病院にいるの?」

「彼女を知ってるの?」

「当然でしょ。帝都で彼女を知らない人なんている?結城家の御曹司である結城蒼真には、長年付き合ってた幼馴染の恋人がいて、彼が病気の時も献身的に看病してたのよ。

それなのに、この陽葵って女が薬を盛って蒼真のベッドに潜り込んで、結城家に自分を妻として認めさせて、あの二人を無理やり引き裂いたのよ」

「ええっ、いくらなんでも図々しすぎるわね」

二人の声は次第に大きくなり、陽葵への軽蔑の念を一切隠そうともしなかった。

蒼真と結婚して以来、陽葵はこうした冷ややかな視線にはとっくに慣れっこになっていた。足を踏み出し、その場を離れようとしたちょうどその時、蒼真が栞奈を抱きかかえ、友人たちを引き連れて血相を変えて駆け込んでくるのが見えた。

「先生、彼女は1ヶ月前に交通事故に遭ったんですが、今日急に手が激しく痛むと言い出して……画家だから、手だけは何があっても助けてやってください!」

蒼真は焦燥感を露わにし、状況を一気にまくしたてた。

栞奈は涙を浮かべて訴えた。「蒼真、痛い……」

「怖がらなくていい、俺がついてるから」

その優しげな口調に、陽葵は一瞬、息を呑んで立ちすくんだ。

かつての蒼真も、彼女に対してこれほどまでに優しかった。だが今や、その温もりはとっくに彼女のものではなくなっている。

陽葵はこれ以上見ていられず、背を向けた。その時、蒼真の視界の隅に彼女の姿が入り、彼はそのまま追いかけてきた。

彼は陽葵の手からカルテを奪い取り、瞳に冷ややかな光を宿した。

「こんなものを印刷してどうするつもりだ?まだ栞奈の事故の責任を追及しようって言うのか?医者は栞奈の手が使い物にならなくなるかもしれないと言っているんだぞ、これ以上彼女をどうしたいんだ!」

陽葵は胸の奥で様々な感情が渦巻き、眉をひそめた。「どうして追及しちゃいけないの?車で私を撥ねたのは彼女よ!彼女の手はだめになるかもしれないけれど、私の腕はもう……」

「お前の腕がどうしたって!」

蒼真は無情にも彼女の言葉を遮った。「まさか腕でも折れたとでも言いたいのか?たとえ折れていたとして、それがどうしたって言うんだ!栞奈はうつ病を患ってるんだぞ。お前はもう彼女から俺の妻の座を奪い取っただろう。これだけ手に入れて、まだ足りないのか!」

そう言いながら、蒼真はカルテを粉々に引き裂いた。

陽葵はあまりの怒りに、かえって笑いが込み上げてきた。欠損した体以外に、自分が一体何を得たというのだろう。

それもそのはずだ。自分はとうの昔に、蒼真の母の結城裕子(ゆうき ひろこ)へ身を売り渡していたのだから。

かつて蒼真が不慮の事故で失明した時、栞奈は彼のもとを去っていった。蒼真を悲しませないため、裕子は声も体格も栞奈にそっくりな陽葵を連れてきた。

蒼真が失明していた2年間、陽葵もずっと彼のそばに寄り添い続けた。

その2年間、蒼真は彼女にとても優しかった。目は見えなくても、陽葵を寝かしつけるために物語を聞かせてくれ、彼女が疲れた時には背負って家まで帰ってくれた。

蒼真は甘やかすように言ったものだ。「馬鹿だな、俺は目が見えないだけで足が不自由なわけじゃない。これからはお前が俺の目になり、俺がお前の足になる。お前を背負って世界中を旅しようか、栞奈?」

陽葵は甘い幸せの中に、胸を締め付けられるような切なさを感じていた。自分がただの身代わりであり、本気になってはいけないと分かっていたのに、それでも蒼真を愛してしまった。

このまま一生、こうして幸せに生きていける。陽葵がそう思い込んでいた矢先、蒼真の視力が回復した。

彼は周囲の反対を押し切り、栞奈を探し出した。

裕子はこの2年間の出来事を蒼真に話すしかなかったが、彼は信じないどころか、陽葵が自分と栞奈の仲を引き裂くために裕子が連れてきた女だと決めつけた。

ところが、ある酒に酔った夜、裕子はなんと泥酔した蒼真を陽葵の部屋へ押し込み、無理やり一夜を共にさせて体の関係を持たせると、その既成事実を盾に強引に結婚を迫った。

当時、陽葵が幼い頃に過ごした孤児院が資金難に陥っており、これ以上お金がなければ、孤児院にいる何十人もの子供たちが路頭に迷う可能性があった。

彼女にはお金が必要だった、それも大金が。だから裕子の要求を飲むしかなかった。

だからこそ、蒼真が自分を骨の髄まで憎んでいると分かっていても、彼女は結城家に嫁いだのだった。

「あなたは……ずっとそんな風に思っていたの?」

「違うとでも?」目の前に立つ蒼真は、恐ろしいほど別人のようで、その瞳の奥には冷酷さしか宿っていなかった。

「お前が欲しかったものはすべて手に入れただろう。栞奈はただお前にちょっとぶつかっただけだ。こうして何事もなく無事に生きているじゃないか。これ以上、何を根に持つ必要がある!」

陽葵はその言葉を聞き、心臓をぎゅっと鷲掴みにされたように締め付けられた。

もし自分の腕がまだ残っていたなら、力いっぱい蒼真の頬を平手打ちしてやりたかった。

だが、唯一残された左腕すら、もう持ち上げることすらできなかった。

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