成人を迎えたその日、姉と私に突きつけられた人生の選択第3話
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声のした方を振り向くと、いつの間にか大広間の片隅に、空をも突き抜けそうな気迫を纏った背の高い男が立っていた。
その顔立ちは、まさに天地がひっくり返るほどの美貌だ。しかし今、その美しい顔には暗雲が立ち込めている。
会場にいた見物人たちは、まるで魔法にかけられたように身じろぎもできず、数秒してようやく誰かが震える声で言った。
「黒……黒崎社長!」
その言葉は、静まり返った湖面に大岩を投げ込むような衝撃となり、場内は一瞬で騒然となった。
京市黒崎家の現当主、黒崎肇(くろざき はじめ)!
彼が手を一振りすれば、どれだけの企業が一夜にして潰れるかわからない。私たち庶民が一生かかっても会えるかどうかわからない、とんでもない大人物だ。
誰もが顔を見合わせ、「なぜ彼がここに?」と戸惑いを隠せない。
その中で、先の女の子だけが救世主を見るような目で駆け寄り、彼の懐に飛び込んだ。
「お兄ちゃん!このお姉さんに言ってよ、わたし本当にわざとじゃないの!」
泣きそうな声で訴える少女の涙が、彼の胸元に落ちる。
「黒崎社長!これは全部、誤解です!誤解なんです!」長年の老獪な狐、晴斗の父親――蘇我剛志(そが たけし)が、取り繕うように笑いながら近づき、握手しようとした。
だが、肇はそれとなく手を避け、鋭い目線で思帆を射抜くように見据えた。
「これだけの人がいるんだ、蘇我夫人にもきちんと説明が必要だろう。いっそ監視カメラの映像を確認したらどうだ?」
その言葉を聞いた瞬間、思帆の体は石のように固まった。
慌てて晴斗に助けを求める。
「あなた……監視カメラなんて見なくていいでしょ?さっきは、私がうっかり黒崎さんにぶつかっただけなの!謝るから!」
しかし、もう遅かった。
肇は彼女の言い訳など聞くつもりもなく、ひと振りで大画面に監視カメラの映像を映し出す。
画面には、晴斗が他の女性と親しげにしている姿を見て、怒りに燃えた思帆が、何もしていない黒崎家のお嬢さん――黒崎薫(くろざき かおる)に八つ当たりをし、体当たりする様子がはっきりと映っていた。
自分の悪事が白日の下にさらされ、思帆の顔は真っ赤に染まる。
必死に晴斗に目配せし、助けを乞おうとするが……
そもそも晴斗は私生児として蘇我家で冷遇されている身、しかもこんな大恥をかかされ、心中では彼女を締め殺してやりたいほど怒り狂っている。助けてくれるはずもない。
その時、肇が静かに口を開いた。
「蘇我家はうちの薫に誤解があるようだから、我々の注文は、いったん白紙に戻させてもらう」
その一言で、蘇我家がここ数日必死に取り付けた黒崎家との取引が水泡に帰した。
蘇我家の大旦那は目をむいて、その場で気絶。
会場は大混乱となり、蘇我家の人々は肇に泣きつこうとするが、彼は一切取り合わず、薫を連れてその場を去ろうとする。
私のそばを通り過ぎた時、肇がふと足を止めて言った。
「お前の名前は……清凪?」
私は驚く。
「ご存じなんですか?」
彼は今日初めて、柔らかな微笑みを浮かべた。
「名前通り、凛として清らかな人だな。薫のために声をあげてくれて、ありがとう」
薫も感謝して、どうしても私とラインを交換したいと言い出す。私にとっては悪い話ではない。
帰り際にも、彼女は何度も何度もお礼を言ってくれた。
「ありがとう!今度遊びに行くね!」
言い終わらぬうちに、彼女は肇に連れられて行ってしまった。
大広間では、思帆が晴斗に引きずられるように去り、残されたゲストたちは今日の出来事を面白おかしく語り合っていた。
今夜の一件は、間違いなくこの界隈中に広がることだろう。
これからきっと、思帆はさらに苦しい立場になるだろうが、それを誰のせいにできるだろうか。
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