感情を消した私、後悔する夫と息子第3話
この話は約2378字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
感情が抜き取られるという行為が、これほどまでに激痛を伴うものだとは想像もしていなかった。
無数の針が心臓に突き刺さり、全身の血と肉を暴れ回り、骨の髄まで砕かれるような感覚だった。
最後に、その激痛は全身に広がり、皮膚のあらゆる毛穴から噴き出すようだった。
この痛みは、元の世界で交通事故に遭い、轢かれた時の痛みなど、比べ物にならない。律を産んだ時の陣痛の、何千、何万倍も痛かった。
もしシステムが脳内で抽出の進捗を報告していなければ、このまま痛みで死んでしまうのではないかと、本気でそう思った。
これが任務失敗の罰だというのなら、素直に元の世界に戻り、事故で怪我した体で死を待つべきだったのかもしれない。
どうせ元の世界では、私は天涯孤独の身だったのだ。
そして、この世界でも同じこと。
血の繋がった息子は私を嫌悪し、死ぬほど憎んでいる。
私の選択と十年間の努力は、本当に間違いではなかったと、そう言い切れるのだろうか?
意識が遠のく直前、紀之と律が焦ったようにこちらへ駆け寄ってくるのが、幻のように見えた気がした。
なんて滑稽なことだろう。
感情を失う寸前だというのに、まだ彼らにそんな幻想を抱いているなんて。
よかった......これで、やっと、終わる......
次に目を開けた時、そこは病院の真っ白い壁で、空気中には、鼻腔を刺激するような消毒液の匂いが充満していた。
「澪さん、お目覚めですか?どこか具合が悪いところはありませんか?」
私を気遣って声をかけてきたのは、杏奈だった。これまでスマホの画面越しにしか見たことのない女性。
紀之のスマホの壁紙が彼女で、彼のアルバムにも彼女の写真がたくさん保存されていることは知っていた。
紀之の親友もみんな、時折グループチャットやSNSで過去のツーショット写真を投稿していた。
もしかしたら、過去だけのものではないのかもしれないけれど......
以前は、そうした写真を見るたびに、胸が痛んで涙がこぼれた。
特に紀之のスマホの壁紙を見た時は、胸を締め付けられるような切なさがこみ上げてきた。
そのたびに私は泣きながら、任務が終われば大丈夫、と自分に言い聞かせていた。
紀之を攻略したら、今度は私から彼を振って、跪いて許しを乞わせてやろうと、そう心に誓っていた。
しかし、それらが自己欺瞞の幻想に過ぎないことも、私ははっきりと理解していた。
彼のために流した涙は、私が彼を愛してしまった証拠だ。
先に恋に堕ちたのは私で、惨めに懇願するのも、いつだって私だった。
決して、彼ではない。
彼が頭を下げるのは、ただ杏奈のためだけなのだ。
だが不思議なことに、今、彼女を目の前にしても、私の心は凪いでいた。
かつての切なさも苦しみも、花嫁を替えられたことへの怒りも悲しみも、まるで最初から存在しなかったかのように、跡形もなく消え去っていた。
私は礼儀正しく、穏やかに返した。「ご心配ありがとうございます。大丈夫です」
そんな口調で返されるとは思っていなかったのか、杏奈は一瞬戸惑い、隣に立つ紀之を見上げた。
紀之は険しい顔つきだった。「月島澪(つきしま みお)、もし結婚式のことでかんしゃくを起こしているなら、俺に直接ぶつけてこい。杏奈にそんな嫌味ったらしい言い方をするな」
嫌味?
私が?
私はきょとんと瞬きをし、彼の怒りがどこから来ているのか理解できなかった。
「私が嫌味を言っていると、どうしてそう聞こえたのかは分かりませんが、もしあなたがそう思いたいなら、私にはどうすることもできません」
私は肩をすくめ、お手上げのポーズをとった。
「でも、一つだけあなたの言う通りなのは、結婚式の件はあなたが私を裏切ったこと。約束をしておきながら反故にしたのだから、確かに私はあなたにぶつけるべきですね。ですから香月さん、私の視界から消えていただけますか?」
感情を失ったとはいえ、紀之の顔を見ていると、どうにも目障りで仕方がなかった。
私の言葉に、紀之の顔はさらに黒く沈んだ。
「月島!お前――」
「はい?」
私は全く理解できなかった。
「出て行ってほしいと言っているだけですが、何か問題でも?」
もう少しで結婚するはずだった男性と、その男性と結婚する予定の女性が、私の病室にいる方がよっぽど変だろう?
「澪さん、結婚式の件は、私と紀之が本当に悪かったと思っています。どうか、謝らせてください、本当にごめんなさい......」
杏奈は紀之の腕を引き、清楚な顔立ちは、いかにも可憐で、まるで私が彼女を苛めているかのように見えた。
紀之は彼女のそんな姿を見過ごせるはずもなく、すぐに彼女の前に立ちはだかり、鬼のような形相で私に怒鳴りつけた。
「月島、お前は厚かましくも長年俺に付きまとってきたんだ。俺がお前と結婚するはずがないことくらい、分かっているだろうが!杏奈のためでなければ、お前にプロポーズなどするものか。だから、杏奈が帰国して俺のプロポーズを受けようが受けまいが、この結婚がお前と俺のものになることは、決してなかったんだ」
これらの言葉は、結婚式のグループチャットで紀之の友人たちが言っていたことだ。今、彼自身の口から聞いても、特に驚きはなかった。
私は静かに頷いた。「分かりました」
私のあまりの落ち着きぶりに、信じられないといった表情で、紀之は私をじっと見つめていた。
しばらくして、彼は再び口を開いた。
「俺と杏奈は、もう入籍した」
「あら、それならご結婚おめでとうございます」
私は無表情に、淡々とした声で言った。
皮肉のつもりは全くなかったのに、それが導火線になったかのように、紀之は怒りに燃え上がった。
彼は大股で歩み寄り、私をベッドから乱暴に引き起こした。手首は彼の力で握り潰されるかと思うほどで、言葉は怒鳴り声と化していた。
「月島澪、聞こえなかったのか!言っただろう、俺は杏奈と入籍したんだ!彼女と結婚したんだよ!」
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