感情を消した私、後悔する夫と息子第1話
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結婚式の一週間前、香月紀之(こうつき のりゆき)は私に花嫁が変わったと告げた。
彼の心にずっと住み着いていた、たった一人の女性が帰ってきたから、彼女と結婚したいのだと。
それを聞いた息子は、飛び上がって喜んだ。
「パパ、本当に杏奈おばさんが僕のママになるの?これからずっと、杏奈おばさんと一緒にいられるの?」
紀之は息子の頭を撫で、その目元には、私が見たこともないような安堵の表情が浮かんでいた。
「ああ。パパが杏奈おばさんと結婚したら、彼女がお前のママになるんだ」
結局、紀之と結ばれる夢は叶わず、代わりにあるシステムが私の感情を抜き取った。
私は無感情になったけれど、紀之は私に執拗に迫ってきた。
「澪、俺を見てくれ!昔はそんな目で俺を見なかった!」
息子の律までもが、泣きながら私の手にしがみついた。「ママ、お願いだから、僕を抱きしめてよ......」
* * *
結婚式の一週間前、香月紀之(こうつき のりゆき)は私に花嫁が変わったと告げた。
彼の心にずっと住み着いていた、たった一人の女性が帰ってきたから、彼女と結婚したいのだと。
紀之が庄司杏奈(しょうじ あんな)と結婚すると発表した後、誰もが二人に祝福の言葉を贈った。
彼の親友たちはこぞって「いいね!」を押し、「十年越しの片想いが実って、苦労が報われたな」と囃し立てた。
一方の私は、彼らのコミュニティで笑いものにされる存在へと成り果てた。
本来なら私のためのものだったはずの結婚式グループチャット。そこで飛び交う祝福の言葉は、まるで鋭い刃となって私の心に突き刺さった。
中には、わざわざ私にメンションを飛ばし、露骨な嘲笑を浴びせる者までいた。
【マジビビったわ。紀之さんが、あの押しかけ女房とマジで結婚すんのかと思ったぜ】
【どっかの誰かさんはガッカリだろうな。ガキを盾に玉の輿狙ったって、結局は無駄ってわけだ】
【何言ってんだよ。兄貴があの女と結婚する気なら、六年も前にしてるって。子供がこんなにデカくなるまで待つかよ】
スマホの画面を流れる文字を、私は自虐的に一つ一つ目で追った。
矢のように降り注ぐ嘲笑を、私はただ黙って受け入れた。
誰もが、私が紀之の最も忠実な犬だと揶揄した。
十八歳から今の二十八歳まで、丸十年という歳月を、私は紀之に費やしてきた。
おまけに、彼のために子供まで産んだ。
もう六歳になる。
息子は生まれた直後に香月家に引き取られ、私がそばで育てることは許されず、面会を許されるのみだった。
私はただ、普段から紀之の両親の機嫌を取り、この世界で唯一血の繋がった我が子の世話をする機会を窺うしかなかった。
紀之がプロポーズしてきた時、誰もが噂した。臥薪嘗胆の末、子供をダシに名家への嫁入りを果たしたと。
何しろ、私のような孤児が紀之に取り入れただけでも大した手腕だと言われたのに、ましてや香月家の子供を身籠って産んだのだ。
地味な女が玉の輿に乗れたのは、日頃の涙ぐましい努力の賜物だろう、と。
その言葉は、あながち間違いではなかった。
律が生まれたのはアクシデントだったが、紀之と結婚するために、私が全霊を懸けてきたのは事実だ。
システムが与えた任務は、紀之を攻略し、彼と結婚することだから。
任務に成功すれば、私は健康な体を手に入れ、元の世界に帰るか、この世界に残るかを選べる。
失敗すれば、任務の達成度に応じて罰が下され、元の世界には二度と戻れない。
だから十八歳でこの世界に来てから、私はすべての愛情を紀之に注いできた。
真心は真心で返されると信じ、紀之を攻略するために、まず彼を愛する必要があった。
十年もの間、私の生活は紀之を中心に回っていた。
彼の身の回りの世話を焼き、彼の実家では彼の代わりに親孝行に努めた。
そして、私たちの息子である律にも、ありったけの愛情を注いだ。
十八歳の明るく輝く少女だった私は、今や香月家のためだけに尽くす家政婦同然の存在と成り果てていた。
紀之がプロポーズしてくれた時、彼は本当に私を愛してくれたのだと思った。
元の世界へ帰ることを諦め、この世界で彼と、そして私たちの子供と、一生を共に過ごそうとさえ考えていた。
しかし、彼のプロポーズの甘い言葉は、忘れられない初恋の相手を呼び戻すための口実だったとは。杏奈と一緒にいるためだけに。
スマホに映る棘のある言葉を眺め、悲しみに打ちひしがれていると、そのタイミングでシステムが起動した。
「宿主、シナリオによれば、あなたの攻略任務は失敗と判断されました。契約に基づき、あなたは元の世界へ送還され、交通事故で損壊した体に戻り、死を待つことになります。しかし、この十年間のあなたの働きを鑑み、特別待遇を申請しました。元の世界で死を待つか、我々と取引し、人間特有の『感情』と引き換えに現在の体を維持するかを選べます」
つまり、システムは私の感情を根こそぎ抜き取ると告げたのだ。
そうすれば、私は生き続けられる。
ただ、元の世界には戻れず、この体のままで。
私はスマホに表示された新しいメッセージに目をやった。
紀之と杏奈が撮ったウェディングフォトだった。海辺で抱き合い、キスを交わしている。
男の端正な顔には、私には一度も見せたことのない甘く優しい表情が浮かび、女の美しい顔からは幸福が満ち溢れていた。
だが、私が思わず息を呑んだのは、二人の間でブーケを手に持つ子供の姿だった。
――香月律(こうつき りつ)。私と紀之の、息子!
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