愛を灰にして、私は自由になる第1話
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結婚式の前夜。
瀬戸景一(せと けいいち)から、余命宣告を受けた幼馴染の最期の願いを叶えるため、世界一周旅行に同行したいと言い出した。私、浅井梨花(あさい りか)に一ヶ月だけ待ってくれ、と。
同じ頃、母の浅井悦子(あさい えつこ)に深刻な心不全が見つかった。
母の唯一の願いは、自ら夜なべして縫い上げたウェディングドレスを着た私の花嫁姿を、この目で見届けることだった。
私は景一に、せめて式だけは挙げてから発ってほしいと、泣いて縋った。
彼は承諾した。しかし、式の中途で望月舞奈(もちづき まいな)と共に逃げ出した。
二人が空港で人目も憚らず抱き合い、口づけを交わす写真がSNSで瞬く間に拡散され、トレンドを埋め尽くした。
それを目にした母は、あまりのショックにその場で事切れた。一方、彼らはA国の都市へと飛び立とうとしていた。
舞奈のSNSが更新される。【大好きな人と、一番大胆なことをしたわ。私たちを祝福してね】
私は空虚な心地で母の遺骨が入った骨壺を抱き、震える指でコメントを打ち込んだ。
【末永くお幸せに】
* * *
結婚式の前夜。
瀬戸景一(せと けいいち)から、余命宣告を受けた幼馴染の最期の願いを叶えるため、世界一周旅行に同行したいと言い出した。私、浅井梨花(あさい りか)に一ヶ月だけ待ってくれ、と。
同じ頃、母の浅井悦子(あさい えつこ)に深刻な心不全が見つかった。
母の唯一の願いは、自ら夜なべして縫い上げたウェディングドレスを着た私の花嫁姿を、この目で見届けることだった。
私は景一に、せめて式だけは挙げてから発ってほしいと、泣いて縋った。
彼は承諾した。しかし、式の中途で望月舞奈(もちづき まいな)と共に逃げ出した。
二人が空港で人目も憚らず抱き合い、口づけを交わす写真がSNSで瞬く間に拡散され、トレンドを埋め尽くした。
それを目にした母は、あまりのショックにその場で事切れた。一方、彼らはA国の都市へと飛び立とうとしていた。
舞奈のSNSが更新される。【大好きな人と、一番大胆なことをしたわ。私たちを祝福してね】
私は空虚な心地で母の遺骨が入った骨壺を抱き、震える指でコメントを打ち込んだ。
【末永くお幸せに】
……
「梨花!さっきから何を嫌味ばっかり言ってるんだ。
式を一週間延期するだけだろ。やめると言ったわけじゃない!
舞奈は病人なんだぞ。少しは思いやりを持てないのか?」
涙が無意識に零れ落ちる。私は無理やり言葉を絞り出した。
「延期なんてしなくていいわ。婚約は解消するから」
景一が憤慨したように声を荒らげる。「梨花、いい加減にしろ!感情に任せて言うもんじゃない。お前はもう子供じゃないんだぞ!
今日、俺が式に出られなかった。ただそれだけの理由で、婚約破棄だなんて本気で言っているのか?」
「ええ」私は淡々と、静かに答えた。
「そうよ」
景一は鼻で笑った。「梨花、遊びに行ってるわけじゃないんだ。舞奈にはもう、残された時間がないんだよ。
彼女がA国に行きたいと言うから、俺は付き添っているだけだ。それなのに、どうしてそう執念深く責めるんだ。
こんな些細なことで癇癪を起こして……いい大人なんだから、もっと物分かりよくできないのか!
悦子さんも、お前がこんなにわがままだとは知らないだろうな」
彼と口論する気力さえ、もう残っていない。私は掠れた声で問い返した。
「景一……今日は私たちの結婚式だったのよ。出席するって、あれほど約束したじゃない。
お母さんはあの病身に鞭打って、無理をしてまで……」
景一の怒りに、一瞬で火がついた。私の言葉を叩き斬るような、鋭い怒鳴り声が電話の向こう側から響く。
「梨花!よくも悦子さんを口にできたな。そんなに俺と結婚したいのか?
俺を繋ぎ止めるために、悦子さんが不治の病だなんて診断書まで偽造して……どの口がそんなことを言っているんだ。恥ずかしくないのか!
舞奈から全部聞いたぞ。今さら言い逃れしても無駄だ!」
確信に満ちた景一の口ぶりに、視界が瞬時に涙で滲んだ。
お母さん……私はこんな男のために、あなたを死なせてしまった。なんてことをしてしまったの。死んでお詫びしたいのは、私の方だわ。
「景一、誰と電話してるの?」
甘ったるい女の声が聞こえたかと思うと、景一は声を潜め、地を這うような低く冷徹な響きで私に釘を刺した。
「いいか、梨花。その程度のわがままで、俺を脅せるなんて思うなよ。
結婚なんて、したくなければ勝手にしろ!
悦子さんには、俺から直接話をつけておくからな」
電話は無情に切れた。私はただ、涙に暮れるしかなかった。
それから数日間、景一から連絡が来ることは一度もなかった。
代わりに舞奈のSNSが更新され続けた。
北の地方の桜、幻想的に光る青い海、極北の地で眺めるオーロラ。
私はただ麻痺した心で、母の遺品を淡々と整理し続けた。
絶望が深すぎると、人は冷静になれるらしい。心は痛みが極限に達した瞬間に、何も感じなくなった。
数日後、母のスマホに彼から数通のメッセージが届いた。
【悦子さん、北の地方で真珠のネックレスを買いました。気に入ってもらえると嬉しいです】
【先日の結婚式の件は、俺が悪かったです。改めて謝らせてください】
【今日、こちらに戻ります。久しぶりに、悦子さんの作った肉じゃがが食べたいです】
画面を見つめる視界が、一瞬で涙に滲む。
溢れ出した涙が止まることなく画面にこぼれ落ち、文字を無慈悲に塗り潰した。
ガチャリとドアが開く音がして、景一が大きな花束とケーキを手に現れた。
「悦子さんは?メッセージを送ったんだけど、返信がなかった。
梨花、どうして床に座ってるんだ?
冷えるだろう。生理の時はいつも腹痛がひどくなるんだから、もっと自分の体を大事にしなきゃ駄目じゃないか」
彼が私の手を引こうとした瞬間、大粒の涙が彼の手の甲にこぼれ落ちた。彼は狼狽したように、慌てて口を開く。
「どうして泣いてるんだ?悪かったよ、結婚式の件は俺の配慮が足りなかった。
謝るから、な?ごめん。
でも、悦子さんの病気のことで嘘をついたのは、さすがにいただけないな。これで、お互い様ってことにしよう。いいだろ?」
景一。良くない。ちっとも、良くないわ。
「ところで、悦子さんはどこだ?もう仕事から帰っている時間だろう。
プレゼントを持ってきたんだ。ちょっとしたサプライズをしようと思ってさ」
私は冷たく言い放った。「いいえ。あなたのサプライズなんて、お母さんにはもう必要ないわ」
「直接、悦子さんに謝るよ。いいだろ?悦子さんはいつも優しかったから、きっと許してくれるはずだ」
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