愛も憎しみも、ここで終わり第3話
この話は約2144字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
そして、わざとらしい作り笑いを浮かべて付け加えた。
「ごめんなさい優奈さん、私って匂いに敏感なタチで。気にしないでね」
蓮もわずかに眉をひそめながら口を開いた。
「ここ数日、一人で大変だったな。ほら、僕は時空を越えて無事に戻ってきたぞ。これ、湊へのプレゼントだ」
そう言って彼が安っぽい紙袋から取り出して私に押し付けたのは、適当なお店で安く買ったであろうおもちゃだった。
以前の私なら、怒りに任せてその場で彼に投げつけていたことだろう。
彼が毎回のように渡してくる、この適当に誤魔化すためだけのプレゼントを。
でも今はもう、そんな感情すら湧いてこない。
彼に対する期待も愛情も、とうの昔に冷え切り、どうでもよくなっていた。
蓮は自分の後ろに立つ美桜にちらりと視線をやると、こう言い訳をした。
「帰りの道中で偶然美桜に会ってな。赤ん坊の顔が見たいって言うから、一緒に連れてきたんだ」
私が無言でいると、彼はいつものように、私が嫉妬して機嫌を損ねているのだと思ったらしい。
だが次の瞬間、私はふっと笑みをこぼして答えた。「いいわよ、どうぞ入って」
予想外の反応に蓮は一瞬戸惑ったようだったが、すぐに表情を緩め、気を良くしたように言った。
「やっぱり母親になると変わるもんだな。前よりずっと大らかになったよ」
これまでなら、彼が美桜を連れてくるたびに私は激怒し、二人はいつも美桜のことで大喧嘩になって、最後は最悪の空気で終わるのが常だった。
だが今は、彼の本性がすっかり見えてしまったため、もうすべてがどうでもよくなっていた。
美桜はカツカツとヒールの音を鳴らしながら、遠慮する素振りもなくズカズカと家の中へと足を踏み入れていく。
蓮もそそくさと寝室へ向かい、息子を見に行ってしまった。
リビングには私と美桜の二人だけが残された。すると彼女は、私を見下すように鼻で笑い、嘲りの笑みを浮かべた。
「ねえ優奈さん、今の自分の姿、鏡で見てみたら?そんじょそこらのおばさんの方が、まだマシな格好してるわよ。
そんなだらしない見た目じゃ、どうやって蓮の心をつなぎ止めるつもり?」
私は哺乳瓶の消毒作業を黙々と続け、彼女の方には一瞥もくれなかった。
その完全に無視する態度に苛立ったのか、美桜はさらに声を荒らげた。
「あんた、自分が愛されてないって分かってるくせに、それでもしつこく早瀬家に居座るなんて、ほんっとみっともないわね」
あまりの滑稽さに、私は冷ややかな声で言い返した。
「私は早瀬家に正式に嫁いだ妻よ。それであんたは何?ただの愛人?」
図星を突かれた美桜は一瞬言葉に詰まり、悔しそうに顔を歪めた。
「ちょっと子どもを産んだからって、彼があんたの元に心変わりするなんて思わないでよ。
私だって蓮の子どもくらい産めるんだから。あんたの子どもなんか、彼にとっては何の価値もないのよ!」
私は完全に無視を決め込み、黙って粉ミルクをすくい、スプーン一杯ずつ哺乳瓶へと入れていく。
相手にされないことに苛立ったのか、美桜の顔には明らかな怒りの色が浮かんでいた。
やがて私がお湯を注いでミルクを作ろうとしたその瞬間、彼女は突然ポットを奪い取り、あろうことかわざと自分の手へ熱湯を浴びせたのだ。
そして、わざとらしく甲高い悲鳴を上げた。
「痛っ!優奈さん、酷い!なんで私に熱湯なんかかけるの!?」
その悲鳴を聞きつけ、蓮が慌てて奥の部屋から飛び出してきた。
それと同時に、彼が開け放ったドア越しに、驚いた息子・湊の泣き声が響き渡る。
私が急いで寝室へ向かおうとしたのを遮るように、美桜が蓮の胸にすがりついて泣きじゃくった。
「蓮……っ!優奈さんがいきなり熱湯をかけてきたの。私、何か怒らせるようなこと言っちゃったのかな……」
私が事情を説明しようと口を開きかけたその瞬間、蓮は無言で腕を振り上げ、力任せに私の頬を張り飛ばした。
強い衝撃でバランスを崩し、私は床にどさりと倒れ込む。
耳鳴りがして視界が白く明滅する中、頭上から蓮の怒号が降ってきた。
「優奈!母親になって少しは丸くなったかと思えば、相変わらず陰湿で性根が腐ってるな!」
私はふらつく足に力を込めて立ち上がると、彼らを無視して、泣き叫ぶ湊の待つ寝室へと向かった。
もはや蓮に対する期待や未練など、とっくに冷え切っているはずだった。それでも、胸の奥を鋭い刃物でえぐられたかのように痛んだ。
蓮は「病院へ行くぞ」と美桜を抱きかかえ、そそくさと家を出て行った。
玄関のドアが閉まる直前、彼の腕の中にいる美桜の口元には、私を嘲笑うかのような勝ち誇った笑みがはっきりと浮かんでいた。
寝室へ駆け込み、顔を真っ赤にして泣きじゃくる湊を強く胸に抱きしめると、堪えきれずに目尻から一筋の涙がこぼれ落ちた。
――あともう少しよ。あと三日経ったら、ママがこんな家からちゃんと連れ出してあげるからね。
その日の夜、蓮はあろうことか、再び美桜を連れて帰ってきた。
私が暗闇の中で湊を抱きかかえていると、壁一枚隔てた隣のゲストルームから、二人の抑えきれない嬌声が漏れ聞こえてきた。
それは情欲のままに放たれるあられもない喘ぎ声であり、明らかに壁の向こうにいる私に向けた、美桜からの悪意に満ちた挑発だった。
「ねえ、蓮……こんな声出したら、優奈さんに聞こえちゃうんじゃない……?」
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