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愛も憎しみも、ここで終わり第1話

この話は約1868字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

妊娠9か月、いよいよ臨月を迎えようとしていた時、夫はたった一枚の書き置きを残し、忽然と姿を消した。

【妻へ。僕は時空を越える。心配するな、また会おう】

思えば結婚してからの3年間、彼はありとあらゆるくだらない言い訳をでっち上げては、心に秘めた女と旅行に出かけていたのだ。

書き置きを見たその夜、私は怒りとショックのあまり急にお腹が張り、そのまま破水して救急搬送された。

幾度となく押し寄せる陣痛の波に襲われ、私が死に物狂いで耐えていたその時、彼はノルウェーで林美桜(はやし みお)と肩を並べてオーロラを眺めていた。

分娩中の大出血で生死の境を彷徨っていた時も、彼は美桜と熱気球に乗り、ロマンチックな空の旅を楽しんでいた。

そして、私が九死に一生を得てようやく息子を産み落としたその瞬間、なんと彼は、花火の上がる夜空の下で美桜と熱い口づけを交わしていたのである。

息子の生後一ヶ月を祝う数日前、彼は格安通販で買ったおもちゃを手に、何食わぬ顔でこう言った。

「ただいま。これ、息子へのプレゼントだよ。これからは三人で幸せに暮らそうね」

その時すでに彼の嘘をすべて見透かしていた私は、とうの昔に絶望し、心は冷え切っていた。息子のお宮参りの当日、私もたった一枚の書き置きを残し、彼と同じように忽然と姿を消した。

【M78星雲から母星への帰還命令が出たわ。子どもは連れて行く。心配しないで。もう二度と会うことはないから】

* * *

大きくなったお腹を抱えて入院の準備をしていると、ふとテーブルの上に一枚の書き置きがあることに気がついた。

【妻へ。僕は時空を越える。心配するな、また会おう】

手にしていたバッグが滑り落ち、ドサッと床に転がった。

またしても彼は、黙って姿を消したのだ。もうすぐ出産を控えた妻を置き去りにして。

結婚してからの三年間、彼が家を空ける口実は、回を重ねるごとにくだらなくなっていく。

スマホの位置情報で確認すると、彼は今、海外にいるようだった。

きっとまた、林美桜(はやし みお)と旅行に出かけたのだろう。三年間連れ添った情も、結局のところ、彼が心に秘めている女には到底敵わないのだ。

こみ上げる怒りで胸が張り裂けそうになったその時、突然、下腹部に激しい痛みが走った。

両足の間に、生温かいものが伝い落ちるのを感じる。

私はお腹を押さえて苦悶し、そのまま床へ崩れ落ちた。そして、遠のく意識の中で必死に救急車を呼んだ。

ぼんやりとした意識の中、何度も激しい陣痛の波が押し寄せ、全身から容赦なく冷や汗が吹き出す。

下半身から生温かい血が絶え間なく溢れ出し、体温が徐々に奪われていくのを感じた。

搬送中の医師が声を荒らげた。「まずい、大量出血の兆候があります。至急ICUへ」

視界がだんだんと霞んでいく中、看護師が私の手を強く握りしめて叫んだ。

「ご家族は!?すぐに手術をする必要があるので、同意書のサインをお願いします!」

私は唇から血が滲むほど強く噛みしめると、かすれゆく声で絞り出すように答えた。「私……一人です」

「これから出産なのに、ご主人は?」

私は震える唇を開いた。目尻から一筋の涙がこぼれ落ちる。「……死にました」

看護師の瞳に一瞬だけ哀れみの色が浮かんだが、すぐに優しい声で励ましてくれた。「大丈夫ですよ。母体の安全を最優先にしますからね」

この三年間、ひたすら冷酷で無情だったあの男は、私の中ではもうすでに死んだも同然だった。

手術室へ運び込まれる直前、手元のスマホが短く震えた。

海外での素行調査を頼んでいた探偵から、夫である早瀬蓮(はやせ れん)の最新の写真が送られてきたのだ。

写真の中の彼は美桜の肩を抱き寄せ、二人はノルウェーの夜空に広がるオーロラをうっとりと見上げていた。

かつて彼は、「新婚旅行ではノルウェーへオーロラを見に行こう」と私に約束してくれていた。

だが、仕事が忙しいという口実で先延ばしにされ続け、今になってようやく悟った。

彼にとって、一緒にその景色を見る相手は私ではなかったのだと。

酸素マスクを当てられた途端、全身を激痛が駆け巡る。

大量出血により体内の血が失われていくにつれ、すべての細胞が恐ろしいほどの寒気に蝕まれていくかのようだった。

次々と輸血が行われ、冷え切った私の体内へと血が注ぎ込まれていく。

やがて、私の幾度目かの引き裂かれるような絶叫に重なるようにして、赤ん坊の元気な産声が手術室に響き渡った。

点灯したままのスマホの画面には、蓮が美桜と熱く口づけを交わしている写真が映し出されたままだ。

私は泣き叫ぶ息子をしっかりと胸に抱きしめ、とめどなく涙を流した。

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