愛も憎しみも越えた先で第3話
この話は約1417字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
外では、ついさっきまで激しい豪雨が降っていた。
私は運悪く、ちょうどぬかるみの中に尻もちをついた。
路面はひどく滑りやすく、もがいて立ち上がろうとするほど、かえって立てなかった。
それなのに陸は、ただ車の中に静かに座ったまま、無表情でこちらを見ていた。
「彩葉、わかったか?」
私が彼を見ると、彼は鼻で笑った。
「俺が助けなきゃ、お前は立ち上がることすらままならない。本当に俺と離婚したところで、お前に行くあてなんかあるのか?」
私が答える間もなく、ドアは閉まり、車はそのまま勢いよく私の脇を走り抜けていった。跳ね上がった泥が顔じゅうにべったり張りついた。
視界が闇に沈む瞬間、頭の中には走馬灯のように陸との過去がよみがえった。
拓海と離婚したばかりの頃、裏切りを受け入れられなかった私は、重いうつ病を患っていた。
自分を傷つけずにはいられなくなって、私が自分の腕を一度切れば、陸はそれを見つけたあと、自分を二度傷つけた。
私が一晩中眠れないと、陸は屋敷の屋根を壊してしまった。
天窓に作り替えて、私を抱きしめたまま、一晩中一緒に星を数えてくれた。
私が何も食べられなくなると、彼も一緒に断食した。
そんな日々が一年続き、私はようやく少しずつ快方に向かい、彼を信じられるようになった。
告白されたあの日、彼は片膝をついて、この先の人生で絶対に私を裏切らないと約束した。
私はそれを信じた。
なのに今では、たった一年で――
陸の約束は、もう期限切れになっていた。
意識を引き戻した私は、目についた泥を拭い、路面に手をついて立ち上がった。
ぎこちないその動きに、通りすがりの人たちが笑った。
恥ずかしさと恐ろしさで頭が真っ白になり、私は慌てて手を挙げてタクシーを止めた。
ようやく一台、こんな泥だらけの私を嫌がらずに乗せてくれる車が見つかった。
ただし条件は、先に料金を払うことと、さらに一万円を上乗せすることだった。
私は慌てて了承した。
けれど支払おうとしたとき、カードは凍結されたばかりで、一円も使えないと告げられた。
車から追い出されたその瞬間、また大雨が激しく降り出した。
全身を打つ雨は痛くて、痺れるようだった。
どれほど歩いたのかわからない。
それでも私は、ようやく陸と暮らす家までたどり着いた。
ドアを押し開けた瞬間、頭の中が真っ白になった。
床にはハイヒールと革靴が絡み合うように脱ぎ捨てられ、レースの下着と黒いスーツが入り混じって散らばっていた。
窓辺では、陸が遥を抱きしめ、深く口づけていた。
朦朧とする意識の中で、五年前の光景が今この瞬間と重なった。
私は抑えきれず、声にならない悲鳴を漏らした。手も足も、どうしようもないほど震えていた。
その声に、絡み合っていた二人がようやく気づいた。
陸は苛立たしげに眉をひそめた。
「何をそんなに騒いでる。この程度のこと、お前だって初めてじゃないだろ」
遥は皮肉っぽく笑った。
「久しぶりね、彩葉。電話で言ったの、訂正するわ。陸はあんたの元旦那より、ずっといい男だった」
その言葉に、陸は機嫌をよくした。
「さすが、見る目があるな」
陸は笑いながら立ち上がり、私のほうへ歩いてきた。
けれど彼が近づけば近づくほど、私は激しく震えた。
そしてついに、彼が手を伸ばしかけた瞬間、私はたまらず身を折って、激しく吐いた。
かすむ視界の向こうで、陸の動きが一瞬止まった気がした。
しばらくして、耳元でぞっとするような声が響いた。
「彩葉、お前……俺を気持ち悪いと思ってるのか?」
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