愛も憎しみも越えた先で第1話
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婚姻届を出して帰る途中、吉田陸(よしだ りく)がふいに口を開いた。
「俺、浮気したんだ」
彼は私の座る助手席を指さし、残酷な笑みを浮かべた。
「昨日はあいつがここに座って、俺にキスしてきた。ずいぶん色っぽい格好をしててさ、我慢できなくなって、そのままヤった」
二度目の裏切りだった。
私はその場で固まり、苦しさのあまり、ひと言も声が出なかった。
けれど陸は、なおもその余韻に浸るように言った。
「今なら拓海の気持ちがわかるよ。遥はたしかに、お前より女としての色気がある」
成瀬拓海(なるせ たくみ)は私の元夫で、清水遥(しみず はるか)はかつての親友だった。
五年前、私は二人がベッドを共にしているところを目撃した。
何もかもが嫌になっていたあのとき、私を救ってくれたのは陸だった。
なのに今、その同じ相手のために、彼も私を裏切った。
* * *
婚姻届を出して帰る途中、吉田陸(よしだ りく)がふいに口を開いた。
「俺、浮気したんだ」
彼は私の座る助手席を指さし、残酷な笑みを浮かべた。
「昨日はあいつがここに座って、俺にキスしてきた。ずいぶん色っぽい格好をしててさ、我慢できなくなって、そのままヤった」
二度目の裏切りだった。
私はその場で固まり、苦しさのあまり、ひと言も声が出なかった。
けれど陸は、なおもその余韻に浸るように言った。
「今なら拓海の気持ちがわかるよ。遥はたしかに、お前より女としての色気がある」
成瀬拓海(なるせ たくみ)は私の元夫で、清水遥(しみず はるか)はかつての親友だった。
五年前、私は二人がベッドを共にしているところを目撃した。
何もかもが嫌になっていたあのとき、私を救ってくれたのは陸だった。
なのに今、その同じ相手のために、彼も私を裏切った。
喉を見えない手で締め上げられているようだった。
どれほど経ったのか、ようやく声を取り戻した私は、震える声で尋ねた。
「どうして?」
どうして浮気したのに、それでも私と結婚したの?
どうして私の人生でいちばん幸せなときに、こんな残酷な形で真実を突きつけるの?
陸は一瞬、きょとんとした。
そして突然、大声で笑い出した。
「お前の勝ちだ」
呆然としたまま、私は彼を見た。
次の瞬間、カーステレオから聞き覚えのある声が流れてきた。
「じゃあ今夜は、私の好きないちご味を使ってね~」
私は愕然として目を見開いた。
全身の血が、一瞬で凍りついた気がした。
「お前が俺の浮気を知ったらどんな反応をするか、遥と賭けてたんだ。俺は、俺に平手打ちするって言った。こいつは、お前は俺にどうしてって聞くって言った。俺が勝ったら、遥は黒ストを穿く。遥が勝ったら……」
陸は眉をひょいと上げた。
「もう聞こえただろ」
その言葉が落ちると同時に、スピーカーから再び遥の声が響いた。
「彩葉、五年ぶりね。やっぱりあんた、私が思った通り、相変わらず気が弱いんだ。でも男を見る目だけは昔からずっといいわね。この人、私もかなり気に入ったわ」
嘲るような笑い声が、四肢を痺れさせた。
意識が遠のくなか、私は五年前に引き戻された気がした。
私は出張を切り上げて、元夫の拓海の誕生日を祝おうと思っていた。
けれど家に入った瞬間、目にしたのは、窓辺で拓海と遥が情事にふけっている姿だった。
私に気づいた拓海は、うろたえてどうしていいかわからない様子だった。
けれど遥は得意げに煙草に火をつけた。
「彩葉、ごめんね。恋人がいない時期って退屈で寂しくてさ。ちょっとあんたの旦那、借りただけ」
あのときの私もまさにこうだった。
涙を流しながら、遥に、そして拓海に尋ねた。
「どうして?」
けれど二人が口を開いて何か答えていても、耳に綿でも詰められたみたいで、何ひとつ聞こえなかった。
やがて遥と拓海が顔を青ざめさせて叫んだ。
下腹部が、腰を伸ばしていられないほど痛んだ。
そこでようやく我に返り、私はうつむいた。見ると、足もとは血で真っ赤に染まっていた。
その日、私は人生でいちばん大切な三つのものを同時に失った。
十年来の親友と、結婚して一年の夫、そして妊娠三か月だったお腹の子を。
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