愛は風に散って、二度と戻らない第3話
この話は約1325字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
離婚協議書を送る指を引っ込める。胸の中、苦いのも甘いのも混ざって、ごちゃごちゃだ。
私と南翔は三年も妊活してきたのに、ずっと結果が出なかった。なのに、よりによって今、このタイミングで妊娠する。
私はお腹をそっと撫でる。もう一度だけ、取り返したいって思う。
南翔の私への愛は嘘じゃない。妊娠を知れば、きっと美々とは縁を切ってくれる。
私は検査結果を彼に送る。
返事はすぐに来る。【静良、妊娠したのか?やった、俺、父親になるんだ。家で大人しく待ってろ。仕事が終わり次第すぐ帰る】
でも、いくら待っても帰ってこない。
外は暗くなって、テーブルの料理もすっかり冷える。
不安に負けて、何度も電話するけど、全部切られる。私は我慢できず、車を出して学校へ向かう。
今日は夜の講義は入っていないはずで、顔見知りの学生たちが次々と声をかけてくる。
「奥さん、藤村先生をお探しですか?授業終わって、寮の部屋に戻ってましたよ」
学校は彼のために教員用の部屋を用意してくれている。でも彼は、たまに昼寝する以外はほとんど使わない。
彼は言った。「授業が終わったら一刻も早く静良のところに帰りたい。寮は空っぽで、家みたいに君の痕跡がないから」
その部屋に着くと、灯りはつくまま、ドアも半開きだ。
中から、美々の柔らかい声が聞こえる。「先生、これはあなたのために手作りのシルバーリングだよ。つけてみて、似合うかな」
ドアの隙間から、彼女が照れる顔で南翔の薬指にリングをはめるのが見える。私たちの結婚指輪の上に、そのシルバーリングが重なる。
「やっぱりサイズ、合ってる。先生、ぴったりだね。私のもおそろいで、二人の名前を刻んであるよ」
美々は、自分の薬指の上のシルバーリングを嬉しそうに掲げる。
南翔も、つられて笑ってしまう。
けれど、何かを思い出すように、彼は急にそのリングを外して床に放り捨てる。
「警告したよな。俺たちは体だけの関係だ。静良の代わりになろうなんて思うな。俺の薬指にふさわしいのは、静良との結婚指輪だけだ」
その険しい顔に、底まで落ちている私の気持ちが、ほんの少しだけ浮く。
美々はびくっとして、泣きながら膝をつき、リングを探し始める。
「ごめんなさい、先生。たまたま通りかかったカップルの手作り工房で、つい先生のことを思い出しちゃって、奥さんの席を奪うつもりなんてないわ。怒らないで。もう二度としない」
ベッドの下からリングを見つけた彼女は、ふとドアの外の私に気づき、一瞬だけ動きを止める。
「どうした?」と南翔が眉をひそめて言う。
「なんでもない」
泣き腫らした目を上げ、彼女はリングを何度も拭いて、ぎゅっと握りしめる。
「先生、私はただ先生を愛してる。私の愛は汚れてなんかないの……」
彼女はつま先立ちでキスをしてくる。南翔は突き放そうとするが、その柔らかさに抗えない。
最後に、彼はため息をつく。次の瞬間、力を込めてキスを返す。
「いい子だ。愛以外のものなら、なんだってやる」
彼らの唇が重なるたび、私の心は上下して、最後には泡みたいに弾けて、砕ける欠片ごと飲み込む。
浮気してるのは向こうなのに、恥ずかしいのは私のほうだ。
私は踵を返して家に戻る。
何度も考えた末、私は離婚協議書を印刷して、南翔のナイトテーブルに置く。
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