愛は跡形もなく消えゆく第2話
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後になって、綾乃の両親は隼人に彼女との結婚を強く迫った。
「綾乃は十五年間ずっとあんたのことを好きだったのよ。今や、あんたのせいで目まで見えなくなったんだから、責任取ってもらうしかないわ」
石川家もまた、彼に圧力をかけた。
「綾乃と結婚しないなら、この家には二度と戻ってくるな!」
その結果、隼人は従うしかなく、綾乃を妻として迎え入れた。
結婚後、隼人は夫としての責任を果たそうとした。
最初は面倒くさそうにしていたが、やがて祝日にはちゃんと綾乃のためにプレゼントを用意するようになった。
無言で顔を合わせるだけだった関係も、次第に何時間でも語り合えるようになっていった。
すべてが少しずつ、良い方向へと向かっていた――そんな矢先だった。
孫の顔を早く見たいと焦った隼人の母が、彼の食事に薬を盛ったのだ。
その夜、二人の間には子供ができた。
だが隼人は、それを綾乃が仕組んだことだと誤解した。彼女が手段を使って自分のベッドに入り込んだと思い込み、それ以来、彼の態度は一気に冷たくなった。
数日前、綾乃は朝起きたとき、なぜか少しだけ光を感じた。
興奮のあまり病院に駆け込んで検査を受けると、医者はこう言った。
「たぶん妊娠中のホルモンの影響で、視力が戻ってきたんでしょう」
視力が戻った彼女は、いてもたってもいられず、すぐにこの喜びを隼人に伝えようとした。
だが家に戻った彼女の目に飛び込んできたのは、美緒だった。
彼女はソファに座り、水を飲んでいた。隼人はその隣に寄り添い、まるで宝物のように彼女を気遣っていた。
「熱くないか?」
その優しさ、綾乃には一度も向けられたことがなかった。
たった五日――わずか五日で、隼人は綾乃という目の見えない妻の存在をすっかり忘れ、美緒に夢中になっていた。
「気をつけてね。インタビューばっかりで疲れたでしょ?」
玄関の方から声がして、綾乃は振り返った。
そこには、腕を組んで仲睦まじく歩いてくる二人の姿があった。
「大丈夫。ただちょっと座りっぱなしで、少し疲れただけ」
美緒は隼人の胸にもたれ、当然のようにソファに座った。
綾乃はその場に立ち尽くしていたが、二人はまるで彼女の存在など見えていないかのようだった。
ふわりと漂う香りに、隼人がキッチンの方に声をかける。
「加代バア、今キッチンで炊いてるのは?」
「奥さまのためにお母様が送ってくださったフカヒレです。体に良いからって」
「持ってきて、美緒に」
「でも、それはお母様が奥さまのために特別に送ってくださったものですよ。数も一つしか……」
「美緒に持ってこいって言ってるんだ、聞こえなかったのか?美緒は体が弱くて、赤ちゃんも小さい。栄養が必要なんだよ」
隼人は綾乃を一瞥した。
「綾乃なんて、食が細いし、いつも無駄にしてるだけじゃないか。これからは、母さんが送ってくる栄養品は全部美緒に回せ」
その言葉に、綾乃の体が小さく震えた。手は無意識に拳を握りしめていた。
彼女の食欲がなかったのは、妊娠してからずっと吐き気に悩まされていたからだ。
他の妊婦は太るのに、彼女は逆に二、三キロも痩せてしまっていた。
それを心配した隼人の母が、せっせと栄養品を送ってくれていたのだ。
――なのに、彼の目には「無駄」としか映っていなかった。
「それって、さすがにちょっと……隼人、これはお母様が綾乃さんのためにって……」
美緒はわざとらしく遠慮するが、隼人は彼女の手をギュッと握り、優しく囁いた。
「大丈夫、君は俺の将来の妻だぞ。遠慮する必要がある?それに……」
彼は綾乃を見て、冷たく言い放った。
「綾乃なら、気にしないよ」
「ありがとう、隼人……本当に優しいのね」
美緒は微笑みながら、隼人の頬にキスをした。
二人は、綾乃が目が見えないと思っていた。
でも、綾乃には、それが全部――はっきり見えていた。
「そうね。気にしないわ。どうぞ、ご自由に、美緒さん」
彼女は視線を逸らし、静かに階段の方へと向かった。
だが、数段登ったところで、美緒の声が背後から聞こえてきた。
「それで……綾乃さんとの離婚、いつ話すつもり?」
「もうすぐだよ。心配しないで。離婚届にサインさせる方法は考えるから。必ず君と結婚する。これだけは誓うよ」
階段に立ち止まり、綾乃の心臓がドクンと大きく跳ねた。
痛みが、胸の奥にズキリと響いた。
彼女は本気で彼を愛してきたのに――
それを、彼は、他人と一緒になって踏みにじった。
その瞬間、綾乃の中で、隼人への想いは音を立てて崩れ去った。
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