愛はなかったように第1話
この話は約2239字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。
お金を返してもらう約束の最終日、私は真壁時礼(まかべ ときのり)の義妹から、貸していた六百万円を取り戻した。
その翌日、時礼は私の目の前に、見たこともない帳簿を叩きつけた。
「去年のお前の誕生日には、162000円を送った。
十周年の記念日には、2160000円。
それに、毎月初めには生活費として400000円も送っていた。
今日中に、全部返してもらう」
私は動けなくなった。時礼は笑っていたが、その顔には少しの温もりもなかった。
「どうした?金がないのか?
朝倉音羽(あさくら おとは)、詩乃に勝手に嫌がらせするなんて、ひどかったな。
これはお前への罰だ。今日返さなかったら、これから三年間、お互い一切会わない。お前も俺に会いに来るな」
その後の三年間、私は一度も時礼に会わなかった。探しにも行かなかった。
彼が義妹とペアリングをつけて世界を旅していた頃、私は幼なじみと、親族や友達の前で結婚式を挙げた。
彼が義妹と海辺で手をつなぎ、キスを交わしていた時、私は夫と、猫一匹、犬一匹と一緒に新居へ引っ越した。
すべてが、順調に進んでいるはずだった。
なのに時礼、どうしてまた深夜に、私が泊まっているホテルの下で泣きながら「ごめんなさい」なんて言うの?
* * *
分厚い帳簿が、私の目の前に叩きつけられた。
中には、真壁時礼(まかべ ときのり)がこの十年間に私へ送金した記録が、ページごとにぎっしりと書かれていた。
送金の金額だけでなく、日時まで正確に記されている。
「去年のお前の誕生日には、162000円を送った。
十周年の記念日には、2160000円。
それに、毎月初めには生活費として400000円も送っていた。
今日中に、全部返してもらう。
送金の日時は全部記録してある。自分の目で確認すればいい」
……
「どうした?金がないのか?
朝倉音羽(あさくら おとは)、詩乃に勝手に嫌がらせするなんて、ひどかったな。
これはお前への罰だ。今日返さなかったら、これから三年間、お互い一切会わない。お前も俺に会いに来るな」
その冷たく突き放すような言葉は、今でも耳に残っている。
彼がこんなことを言ったのは、心の中で一番大事にしている義妹を守るためだった。
昨日、私はその義妹から貸していた六百万円を返してもらった。それが、彼の怒りの理由だった。
私にお金がないことは、時礼もよく知っていた。
母は早くに亡くなり、父は長年寝たきり。
この数年は、少しでも余裕があればすべて父の治療費に回していた。
私は仕事もしていなかった。
若い頃に流産し、さらに貧血体質で、体調はずっと思わしくなかった。
何をするにもすぐに倒れそうになり、冷や汗をかくような毎日が続いていた。
私は小さくため息をついて、キャッシュカードを手に外に出た。
照りつける陽射しが容赦なく体力を奪い、数歩歩くだけでしゃがみ込んで休まなければならなかった。
そうやって時間をかけ、ようやく銀行で現金を引き出した。
まさか時礼が、ここまで細かく帳簿をつけていたとは思わなかった。
なにしろこの十年間、彼は給料のカードすら私に預けていたのだから。
でもありがたいことに、そのカードには一度も手をつけたことがなかった。彼から送られてきたお金も、無駄遣いしたことはない。
さもないと、今返せなかったのだ。
金額を数えてみると、おおよそ合っていたが、少し足りない分は義妹から返してもらった六百万円のうち、一百万円を充てた。
昨日、父が危篤になり、急ぎで治療費が必要だった。
その時私も時礼に、あの六百万円は命を救うために必要だったと伝えた。
お金を引き出し終えたあと、私は呆然と立ち尽くしていた。
時礼をどこで探せばいいのか、まったく見当がつかなかった。
何度か電話をかけたが、すべて無視された。
最後には、うんざりしたのか、私の連絡先をブロックされた。
込み上げる悔しさと寂しさに、私は鼻をすすりながら、ただその場に立ち尽くしていた。
かつての私たちは、こんな関係じゃなかった。
昔は、一日に百回もの電話をかけても、彼は嫌な顔一つせずに応じてくれていたのに。
そんな日々を思い出しながら、私は久しぶりに、あるアプリを開いた。
時礼と付き合っていた頃、お互いのスマホに入れていた位置情報アプリだった。
その位置情報を頼りに、私は彼がいる個室の前までたどり着いた。
扉の向こうからは、真壁詩乃(まかべ しの)の楽しげな笑い声がはっきりと聞こえてきた。
「お義姉さんって、ケチすぎじゃない?六百万円くらいでしょ?
お兄さんが私に買ってくれたバッグ、あれだけでも六百万円以上するのに。
ねえ、もしお義姉さんが返さなかったら、どうするの?」
時礼はまるで気にも留めず、こう答えた。
「じゃあ、三年会わないさ。ちょうどこの三年はお前のとこに引っ越して、一緒に暮らすよ。寂しさを埋めてやるぞ、小悪魔ちゃん」
詩乃は甘えるような声で笑い、さらに言った。
「でもさ、そしたらお義姉さん、お兄さんと別れちゃうかもよ?」
一瞬、空気がぴたりと止まった。
そのあとに聞こえた時礼の言葉が、私の胸に重く響いた。
「彼女は俺と別れないよ。
あいつは結婚したがってるしな。十年付き合って、俺の子どもも流産して、今さら俺と別れて、他の誰と一緒になるってありえないんだ。
それに彼女は働けない。父親もがんで寝たきり。俺が支えてやらなきゃ、昔の少しの貯金だけじゃ、生きてこれたはずがない」
私はバッグを握る手が小さく震え、膝から力が抜けた。
泣き声が聞かれてしまうのが怖くて、慌ててエレベーターのボタンを押した。
縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)