愛はそこで途切れた第1話
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幼稚園に新しく来た女の先生・西村真由(にしむら まゆ)が、息子・渡辺拓海(わたなべ たくみ)にピーナッツを食べさせて減感作療法を試すよう勧め、拓海はショックを起こして救急搬送された。
怒りに任せて私はすぐに幼稚園へ電話をかけて苦情を伝えたが、翌日の保護者会では、私が授乳している写真が掲示板に貼り出され、みんなの目にさらされてしまった。
「人は見かけによらないな。スタイルいいじゃん、胸が白くてまん丸だ!」
「向こうから遊ばせてくれるなら、金払ってもいいよ、ははは!」
大勢の前で恥をかかされ、私は取り乱して家に逃げ帰った。
ところが、拓海が得意げに話すのを偶然耳にしてしまった。
「パパがくれた写真、僕は掲示板に貼ったよ。クラスのみんなのパパとママも見たんだ。ママすごく怒って、帰るときずっと泣いてた。とっても悲しそうだったよ!真由先生、このいいニュースを知ったら嬉しいかな?」
夫・渡辺直樹(わたなべ なおき)は拓海を抱き上げてくるりと回し、満足げに言った。
「とても喜んでいたよ。週末にママがおばあちゃんの世話をしに行ったら、俺たちは一緒に遊園地に行こう!」
部屋の中から笑い声が何度も高く響くのを聞きながら、私は玄関先で全身を震わせて立ち尽くした。
* * *
幼稚園に新しく来た女の先生・西村真由(にしむら まゆ)が、息子・渡辺拓海(わたなべ たくみ)にピーナッツを食べさせて減感作療法を試すよう勧め、拓海はショックを起こして救急搬送された。
怒りに任せて私はすぐに幼稚園へ電話をかけて苦情を伝えたが、翌日の保護者会では、私が授乳している写真が掲示板に貼り出され、みんなの目にさらされてしまった。
「人は見かけによらないな。スタイルいいじゃん、胸が白くてまん丸だ!」
「向こうから遊ばせてくれるなら、金払ってもいいよ、ははは!」
大勢の前で恥をかかされ、私は取り乱して家に逃げ帰った。
ところが、拓海が得意げに話すのを偶然耳にしてしまった。
「パパがくれた写真、僕は掲示板に貼ったよ。クラスのみんなのパパとママも見たんだ。ママすごく怒って、帰るときずっと泣いてた。とっても悲しそうだったよ!真由先生、このいいニュースを知ったら嬉しいかな?」
夫・渡辺直樹(わたなべ なおき)は拓海を抱き上げてくるりと回し、満足げに言った。
「とても喜んでいたよ。週末にママがおばあちゃんの世話をしに行ったら、俺たちは一緒に遊園地に行こう!」
部屋の中から笑い声が何度も高く響くのを聞きながら、私は玄関先で全身を震わせて立ち尽くした。
扉を隔てて、拓海が指を折りながら、私の欠点を真剣に数え上げていた。
「ママは連れて行かないで。いつもこれ食べちゃダメ、あれもダメって言うんだ。真由先生は違うよ。おやつは子どもの本能だって言ってくれる。ママはいつもまずいものばかり作って、僕の本能をつぶしてるんだ!
真由先生は、僕のピーナッツアレルギーは軽いだけで、たくさん食べれば慣れて治るって言ってくれたんだ。先生は僕のことを思ってくれているのに、ママはひどいよ!わざわざ真由先生を苦情で責めに行ったんだから!
パパ、真由先生がね、ママは家で仕事もなくて暇だから、初めての育児でちょっと権力があると僕に向けるんだって。パパ、ママって替えられないの?」
中から聞こえる無邪気な声に、私は頭を殴られたような衝撃を受けた。
息子は酷いアレルギー体質で、普通の子が食べられるものの多くが口にできない。
そのため私は仕事を辞め、家で世話をし、食べたいという願いをできる限り叶えてきた。
けれど、幼稚園に新しく来た先生真由が現れてから、すべてが変わった。
私のしてきたことは、彼の目には自由を奪う行為にしか見えず、ついには私の授乳写真までさらして、恥をかかせて仕返ししようとした。
五歳の子どもが分からないのは仕方ないとしても、直樹まで分からないの?
ドアの隙間にのぞく、上品で端正な横顔を見つめながら、朝には私の靴ひもを結び、頬にそっとキスをして「愛してる」と囁く男が、いま目の前のこの人だとはとても思えなかった。
いまこの瞬間の私の屈辱は、すべて彼ら親子が作り出したものだ!
私はよろめきながら階段を下り、手にしていたアレルギー薬を思いきりゴミ箱に放り込んだ。
保護者会から帰ったとき、拓海は首をかきながら「アレルギーの症状が出た」と言った。
私はまた何か口にしたのだと思い、悲しむ間もなくアレルギー薬を買いに走った。
だが、私を早く家から追い出したのは、直樹に「いい子ぶる」ためだったのだと後から知った。
悲しみに気づいたのか、家の犬ポチが私の膝に飛び乗り、うるんだ瞳で私を見上げた。
やがて親子は楽しげに笑いながら階段を降りてきた。
拓海は私に飛びついて、今にも泣き出しそうな顔で謝った。
「ママ、ごめんなさい。先生がいちばん感動した写真を一人一枚持ってくる宿題を出したから、パパとママの部屋から適当に一枚持っていったんだ。これがダメだなんて知らなかったよ。ママ、怒らないで?」
私は二人を見た。似た色の瞳に、同じ種類の「心配」が浮かんでいる。
私は淡々と口を開いた。
「首がかゆいって言ってたよね。もう平気なの?」
拓海の幼い顔に戸惑いが走り、思わず直樹を見上げる。
直樹は笑って説明した。
「さっき上で薬を見つけて、飲ませたんだ」
「うん、もうだいぶ良くなったよ。ママ、心配しないで」
拓海はすぐさまうなずいて相槌を打つ。
互いにかばい合って嘘を重ねる光景に、胸の中に刃物で裂かれたようなひびが走った。
二人ともアレルギー体質。
だからこそ家の薬の在庫は私が一番よく知っている。
薬箱を一度でも開ければ、そこにアレルギー薬が一つもないことぐらい、すぐに分かるはずだ。
これほど真剣に向き合ってきたのに、返ってきたのは二人の恩知らずだった。
直樹は私の隣に腰を下ろし、何気ないふうを装って切り出した。
「明日は金曜だし、母さんのところに行ってくれ。俺は会議で一緒に行けない。拓海は会社に連れていくから、君の手を煩わせないようにね」
直樹の母・渡辺美穂(わたなべ みほ)は体が弱く、郊外の療養施設で暮らしている。
毎週、拓海の休みには、私は彼を連れておばあさんを見舞ってきた。
けれど三か月ほど前から、拓海が一緒に行く回数は目に見えて減り、前日になると決まって直樹が「拓海は会社に連れていく。君に面倒をかけないように」と言うようになった。
その言葉に、私はかつて心の底から感激した。
だが今なら分かる。思いやりなんかじゃない。
拓海を口実に、真由に会うための言い訳を作っていただけだろう。
私が黙っていると、直樹は私の頬をつまんでみせた。
「なあ、今日はどうした?上の空だぞ」
その視線にはいつものように優しさが満ち、黒い瞳には私だけが映っている。
そんなふうに見える。普段の私なら、その表情がたまらなく好きだった。
けれど、今は拍手して叫びたい。
直樹、よくもまあ、そこまで演じられるね!
翌日、私は療養施設には行かず、かつて勤めていた法律事務所へ向かった。
元の上司からはっきりした答えをもらって、ようやく少し安心できた。
親子二人の本性を知ってからというもの、思いは渦のように湧き上がった。
結局、夫にも子にも頼るより、自分を頼るほうが確かだということ。
これから先、私は私のためだけに生きる。
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