愛の反対第3話
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私はそっと彼の手を振りほどき、落ち着いた声で答える。
「これから遥がここに住むんだから、私の荷物は使用人部屋に運んだ方が都合がいいでしょ」
彼は少しほっとしたように、私の後について使用人部屋に入ってくる。
私は部屋を片付けながら言う。
「明日、離婚届を出しに行きましょう」
蒼佑は眉をひそめ、ふと何かを思いついたように、ゆっくりと口を開く。
「栞、もし俺のそばから離れたくないなら、結婚式はこのまま挙げてもいい。表向きにはお前が俺の妻のままだ。ただ、婚姻届は遥と出し直す」
私は身を起こし、彼に向かって微笑みながら、静かに言う。
「必要ないわ。信じてるから」
私は聞き慣れたセリフを感情を込めずに口にする。
「あなたは遥を心底憎んでいる。
彼女はあなたのお母さんを死に追いやり、うちの母の前で私が愛人だなんて嘘を吹き込んで、母を怒らせて病状を悪化させた。今もベッドから起き上がれないほどに。
だから、絶対に彼女を許さないんでしょ?」
私が彼のセリフを先回りして言ったため、蒼佑は気まずそうに頷くしかない。
よほど後ろめたかったのか、部屋を出る前に、彼は私の口座に大金を振り込んできた。
このお金があれば、母の治療費を払うことができる。
本当によかった。
離婚して、母の体調が良くなったら、一緒にK市を離れ、二度と戻らないつもりだ。
私はスマホを握りしめ、ゆっくりと重いため息を吐き出す。
しばらくして、遥がまたわがままな態度で、部屋を片付けるよう私に命じてくる。
部屋に入ると、情事の後の生々しい匂いとゴムの匂いが入り混じって鼻をつく。
おかしな話だ。
とっくに蒼佑を諦めると決めたはずなのに、それでも心臓が勝手にズキズキと痛んでしまう。
私は鼻の奥がツンとするのを必死に堪え、頑なに前だけを見据えて汚れたシーツや布団カバーを抱え上げ、部屋を出ようとする。
だがその時、遥が足を伸ばして私の行く手を遮る。
「本当に可哀想ね」
彼女は気だるげに笑みを浮かべて言う。
「あんたが喉から手が出るほど欲しがっている男は、私の足元に這いつくばる犬なのよ。
そういえば、さっき聞いたわよね。子供を堕ろせっていうあのメッセージ、私が適当に送っただけなの。ふふっ。蒼佑も知ってるわ。
彼がどうして私のこんな悪ふざけを許しているか、知ってる?」
私は彼女をじっと睨みつける。
そんな私を見て、彼女はさらに口角を吊り上げる。
「私、妊娠したの!蒼佑の目には、私の子供は宝物で、あんたの子供なんて、何の価値もないのよ!」
怒りで頭の血が沸騰しそうになる。
私の結婚生活を壊しておいて、よくも私の子供をそんな風に言えたもの。
私は彼女に向かって高く手を振り上げる。
しかし、手を下ろすより早く、遥は目を赤くして泣き出した。
「……そうよ!私は実家と喧嘩したわ。それがどうしたの?
あんたみたいな卑しい女が調子に乗って、私の上に立てるとでも思ってるわけ!?」
私はハッとする。
次の瞬間、凄まじい力で突き飛ばされ、よろめいて床に尻餅をついた。腰の後ろをローテーブルの角に打ち付け、激しい痛みで一瞬にして顔が青ざめた。
顔を上げると、蒼佑の怒りに満ちた顔と視線がぶつかる。
「栞!わざわざ遥の痛いところを突くなんて、どうしてそんなひどいことを!」
言い終わらないうちに、彼は私の顔色が悪いことに気づき、ためらいながら何かを聞こうとする。
だが次の瞬間、遥が彼の服の裾を掴み、苦しそうに体を丸める。
「蒼佑……お腹がすごく痛い……子供が……私たちの子供が……」
蒼佑は私のことなど完全に忘れ去り、慌てて遥を抱きかかえて外へと急ぐ。
「栞、もし遥や子供に何かあったら、絶対に生き地獄を味わわせてやる」
生き地獄……
前の人生で、彼は確かにそうした。
彼が去っていく後ろ姿を見つめ、ずいぶん経ってから、いつの間にか顔いっぱいに溢れていた涙を拭う。
突然、スマホの着信音が鳴り響く。
病院からだ。
胸の奥に嫌な予感が広がり、電話に出ると案の定、医者の切羽詰まった声が聞こえてくる。
「黒崎さん、すぐに病院に来てください!お母様の病状が急変し、緊急手術が必要です!」
私は冷や汗をかきながら、転がるようにして急いで病院へと向かう。
手続きを終えると、先に費用を支払うよう医者に言われる。
私は心底ほっとする。
さっき蒼佑が大金を振り込んでくれて本当によかった。そうでなければ、母の手術費すら払えなかっただろう。
だが間もなく、私の体は急に凍りつき、青ざめた顔で会計窓口のスタッフに聞き返す。
「今、何とおっしゃいましたか?」
スタッフは同情のこもった目で私を見つめ、申し訳なさそうに繰り返す。
「黒崎様、申し訳ございませんが、こちらのカードは凍結されているようです」
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